第8話 寝室の照明

「カズ!何処にいるの!この家が急に明るくなって、なんだか怖い!」


 2階からアンジェラの悲鳴のような声が聞こえてきた。


 俺は慌ててキッチンを飛び出し、巨大なシャンデリアの輝くリビングに出た。


 アンジェラが2階の柵から階下を一生懸命見回していっるのがわかった。

 ちょっと悲壮な顔をしている。

 きっと急にあたりが明るくなったことに恐怖したのだろう。

 昨日までは、ほとんど暗闇の中で夜は寝ていたはずだ。

 いや、外に出れば星空が少しは周りを照らしていたかもしれない。

 寒そうにしていた割には、アンジェラは先程着たピンクのランジェリー姿のままだった。

 手足の長い細身のくせに、二つの膨らみはしっかりと自己主張するその体躯は、このシャンデリアよりまぶしく俺の目に映った。


「ここだよ、アンジェラ!今、地下の発電機を動かした。いろいろ便利になるはずだ。」

「そんなことより、カズがそばにいてくれた方がずっと安心できるの!私のそばにいて。」


 アンジェラはそう言うと、一気に階段を駆け下りてきて、俺に飛びついてきた。

 思わず俺はその身体を受け止め、抱きしめるようになってしまった。

 そうしないと、そのまま倒れて床に頭を強打しかねなかったからだが。


 やっぱり、アンジェラの身体からは甘い香りこそするものの、不快な臭いはしなかった。

 この家では今やっと水道が通った。

 どこで体を洗っていたのだろうか?


 アンジェラは、俺に抱き着き、その柔らかい頬を俺の頬にスリスリしてくる。

 その揺れが、アンジェラの主張の強いピンクのブラに覆われた双峰をも、俺の胸にこすりつけてくるので、甘い感触に我を忘れそうになってしまう。


「俺に甘えてくるのは嬉しいが、アンジェラは昨日まで一人でこの家の暗闇で寝ていたんだろう?なんで俺にそんなに甘えるんだよ。」

「昨日までは一人が普通だった。でも、今はカズがいるんだもん。いなくなったら、寂しくて泣きそうになった。」


 まあ、わからなくもない。

 一人が普通であれば問題なかったのに、愛する女性と一緒に住んだ後、急にいなくなった時の感情は…。


 ちょっと待て。

 俺は以前そんなことがあったのか?


「大丈夫だよ。どこにも行きようがないのはアンジェラと一緒だ。それより、おなかは空いてないか?」


 俺の問いかけに呼応するように、アンジェラのお腹が鳴った。


いた。…でも、もう外は暗いから…、取りに行けないから、我慢する。」


 いつも外で果物や魚を取っていたなら、外の暗さは怖さに直結する。

 そう理解した。

 少し沈んだ声が、アンジェラの落ち込みようを表している。


「でも、空いてるよね、お腹?」

「……うん。」

「じゃあさ、アンジェラ。さっき僕が着て欲しいと言ったワイシャツとジーンズ履いてくれないか?そうしたら君が今まで食べた事のない、おいしいものをご馳走するよ。」

「ええ~。」


 嫌そうな顔するね、アンジェラ。

 そんなに服着るのが嫌なのか?


「お腹、空いてるんだよね、アンジェラ。ちょっと着るだけだよ?そうすれば……、おいしいものを味わえるんだけどね。」

「ひ、ひどいよ、カズ!そんなの、そんな…、卑怯よ!」

「服着る?それとも着ないで、お腹を鳴らしながら眠れるのかな?」


 俺がかなりサディスティックな感じで、迫っている。

 いや、普通に虐めてるのかな、これ。

 でも、なんか楽しくなってきた。


 俺から一歩離れて、今にも泣きそうな下着姿の美女を見つめた。

 どんなときにも、絵になる女性だな、アンジェラって。


「ううう~~~。わかったよ、カズ。さっきの服着てくる。」


 少し涙が零れそうになりながら階段を駆け上がる。

 それを下から見ていた俺は、アンジェラのピンクのショーツに釘付けになってしまう。

 昼間にはその下着の下の桃を直接見ていたが、その時よりもなぜか隠微な気持ちがもたげそうになってきた。

 俺は懸命にその不埒な考えを押さえつけた。


「カズも来てよ~!一人じゃ寂しいよ!」


 階段を上がったところで振り返ったアンジェラが、その栗色の髪の毛を煌めかせながらそんな甘えた声を出してきた。

 そんなことで俺の心をキュンキュンさせないでくれよ!


「行くよ!ちょっと待っててくれ!」


 階段の上から俺を覗くようにしているアンジェラの胸元を、ピンクのブラがよりふくよかに演出している。

 俺がこれで狼になっても誰も責められないんじゃないかな?

 全くそんなことを気にせず、アンジェラは俺を手招きしていた。

 体はよく発達しているが、その仕草は幼い子供を見るようであった。

 だからこそ、その肢体を隠そうとする考えはないようで、健全な成人男子には非常にまずい。

 眼の毒とも目の保養とも取れるその姿に、思わず階段につまずき、倒れそうになった。


 アンジェラが、すぐに倒れそうな俺を下から支えるように抱きしめた。

 セミロングの栗毛からいい香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 柑橘系の心地よい香りが俺の脳を溶かしそうになり、俺の下半身に急速に血流を注ぎ込む。


 アンジェラが支えてくれたことで床に顔面からダイブは避けられたが、目の前にピンクのブラに強調された谷間が展開するという大惨事が勃発した。

 アンジェラは俺が難を逃れたのを確認すると。首に両手を回し抱きしめる。


「カズって、見た目よりもおっちょこちょいなのね。」


 アンジェラの艶やかな唇が俺の耳に接近して、そう囁いた。


「これは君のせいだろう?」


 反射的にそう言ってしまった。


「えっ、どうして。」


 アンジェラが俺から離れ、腰に両手を当てて、首をひねる。

 ピンクの上下の下着のみを身にまとった美貌の美女、アンジェラのその姿に、目を離せない。

 そういうところに見惚れて足元がおろそかになってしまったのだ!


「アンジェラが、……あのさ、その。」


 どうしても口ごもってしまう。


「私?私、何かしたかな?」

「アンジェラが綺麗で、見惚れたから……、その、階段に気が回らなくて…。」


 一瞬何の事か分からないような顔をしたのもつかの間、笑顔になった。


「カズって、私が好きってこと?私に見惚れるくらい。」


 嬉しそうに笑って、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「嬉しいな。今まで一人だったのが、カズが来てくれて楽しかったんだ。で、私を好きって、もう最高!」


 照れるから!

 やめて、照れるからさ、このままじゃ、死にたくなっちゃうくらい、恥ずかしい!


「私もね、カズ!カズの事、大好きだよ!。」


 立ち上がった俺に、飛び跳ねながら俺に抱き着いてきた。

 あまりの勢いに、階下に落ちそうになる。

 いや、冗談抜きにしてこのまま落ちれば、頭を打って致命傷だ。

 こんな美女に、しかもピンクの下着だけで秘部を隠しているような美女と抱き合って、この階段を落ちたら、天国のドアが待ったそうだ。


「ン、天国のドア?」


 あれ、もしかしたら俺、口に出てた?

 恥ずう~~~~~~~~~。


「天国のドア?どこかで聞いたような?」


 アンジェラは俺に抱き着いたまま、そんな言葉をつぶやいた。

 もしかしたら彼女の記憶のカギを握ってるのかもしれない。


「まあ、いいか!カズ、じゃあ、ベッドの部屋に行こう!」


 その恰好でその発言は頼むから辞めてくれ!

 本当に変な事が頭を占拠しそうだ。

 アンジェラが俺の手を自然に握り歩き始めた。

 すんごく自然に手を握られたので、俺も素直に従ってしまったが、意識するとドキドキしてしまう。

 でも、アンジェラは照れることもなく普通に歩いていた。


 先程までいた寝室の前に来た。

 扉は開いていた。

 だが、他はすべての照明がついているのだが、この部屋だけついていない。

 これには何かあるのだろうか?


「ねえ、カズ。これっておかしいよね。私、ベッドの上でうずくまってたんだけど、急に周りが明るくなったのに、この部屋だけつかないの。私、カズを待ってようと思ったんだけど、あまりにも怖くなっちゃったから、カズを探しに出てきちゃった。カズに何もなくてよかったよ~。」


 それであんなに慌てて声を出したわけか。

 ただ、なんでこの部屋だけ照明がつかないか。

 それには見当がついている。


 俺は、その暗い部屋に少し入って壁に手を当てて、少し動かす。

 手に小さな、そして覚えのある突起に触れた。

 俺はそれを押した。

 すぐにこの寝室の天井に備え付けられて照明に電気が灯った。

 寝室のベッドや、さっき俺がぶちまけたスーツケースが転がっていた。


「あ、点いた。」

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