第56-2話 名乗り

ギルドでの食事を終え馬車で仮眠を取った後、自宅旧魔王城へと向けて馬車を走らせている時の話。

御者をしているユーリーの隣に陣取っていた私は、こう口を開いた。


「ねぇ、ユーリー」


「どうしたの?」


「私、将来『聖魔の女王ホーリー・デーモン=クイーン』と名乗ろうと思うのだけれど、どうかしら?」


「ええっと………」


ユーリーはある一点に向けてチラチラと視線を送りながら困惑していた。


「どうしたのよ、あっ………」


そう、私はすっかりと忘れていた。

カヤさんが昔、冒険者として魔王の残党狩りをしていたことを。


「マリアさんは魔王になりたいのですか?」


背後から、いつもと変わらない高揚の無い声が聞こえる。

もちろん、カヤさんである。


「ええっとぉ………言葉のあやといいますか………なんと言いますか………」


「ものすごく目が泳いでるよ…マリア…」


そして、私は次の瞬間、カヤさんの前で見事なまでの土下座を敢行した。


「今のは聞かなかったことにして下さい!」


「どうされたのですか?」


カヤさんのその言葉に私は顔を上げる。

すると、首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「いえ…てっきり排除されるかもと思って…」


「………あぁ、そういう事でしたか」

「安心して下さい。マリアさんはそういった対象ではありませんので」

「それは、今までの行動でも分かります」

「私が狩っていたのは、この世界を破壊しようとする輩だったからです」

「名乗りとかは関係ありません」


「あぁ…良かったぁ…」


起き上がった私は、つい両足を広げてユーリーの背にもたれ掛かるように、はしたなく座った。

そして、その背に小刻みに揺れる何かを感じる。

その時は確認する余裕が無かったけれど、恐らくユーリーは笑いを堪えていたのだろう。


「ふふっ………しかし、本当によく似ておられます」


「ママかパパにですか?」


「いえ、貴方の祖父にです」


うーん、一度だけしか会った事がないけれど、似ているかどうかと言われると全く似てなかったように思うのだけれど。


「似ているのは姿かたちでは無く、ネーミングセンスや仕草ですね」


こうして、私たちはおじい様の新しい一面を聞き出すことに成功したのだけれど、流石に『闇神騎士ダルク・ゴッドナイト』の名乗りは恥ずかしすぎて私には真似出来ないと思ったのは内緒である。

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