第99話 新しい魔王

*

「なっ!…一体何なんだ、この体はっ!!!」


マリアの体に憑依した直後は余裕の笑みすらあった魔王であったが、今では自分でも何が起きているのかすら分からず困惑と驚愕の表情へと変わっていた。


「そもそも、こ奴、何ら魔法使いが扱う魔法を一切覚えておらぬではないか!」

「どういうことだ!?奴は今まで、どうやって魔法を繰り出していたというのだ!?」

「奴が使用していた身体能力向上ブーストの魔法も無い…一体この体に何が起きた!?」

「まさか、乗っ取る直前に自らを封印したのか?…いや、そんな時間は全くなかったはずだ…ありえない…」


魔王は、憑依したマリアの小さな両手をまじまじと見つめながら言う。


「くそっ!出ろっ!ファイアボール!ファイアアロー!!ファイアストーム!!!」


必死で叫びながら魔法を唱えるが何も起きず、地下10階フロア全体に魔王の悲鳴の如き声が壁に反射を繰り返しながら、ただただ虚しく木霊していた。

一方、ユーリー達の方も、今の状況を全く掴めていない状態で呆然と立ち尽くしていた。

ニヤリと薄ら笑いを浮かべているクラス以外は…。


「ここまでは、ほぼ予定どおり」


「クラス、やっぱりあんたが首謀者か」


チサトがクラスに対して、ジトッとした目で見ながら言う。


「まぁな。だが、これはマリアちゃんも了承済みの案件だからな」

「正直、危険な賭けではあったが、ほぼ予定どおりに進んで助かった」

「本当は、その前に奴を捕らえる機会があった事を除いては…だが」


「まぁ、ええわ。話は後でちゃんと聞かせてもらうで」

「とにかく、ユーリー君、マリアちゃんの体を拘束して!」


「あ!…はい!分かりました」


呆然としていたユーリーは、チサトの言葉にハッと我に返り行動に移そうとしたところでクラスに止められた。


「なんで止めるんや」


「そんな事をされると、予定が狂うんでな」

「ここは、ノルちゃんの出番さ」

「今こそ動員悲鳴だ、ノルちゃん」


クラスの言葉に、ノルは頷き地下10階全体に響き渡るほどの大きな悲鳴を上げた。

すると、その呼びかけに応えたかのように魔王の周囲の地表から無数の手が湧き始め、それらはゆったりとしながら地上へと這い上がって来た。


「ふん、何かと思えばゾンビとは…舐められたものだな」

「こんな下等な連中など、どんなに湧いてこようが恐るるに足りんわ!」


魔王は、下級の相手に気を取り直したのか、うすら笑いを浮かべながらゾンビの一体に杖で殴りかかる。

しかし、全くと言っていいほどダメージを与えられなかった。


「なんだとっ!?くそっ!くそっ!本当に一体何なんだこの体はっ!!!」

「冒険者になりたての奴でも、もう少しはマシだぞ!」

「くそっ!…このままでは囲まれてしまう。距離をとって態勢を立て直して…ぐあっ!」


魔王は、ゾンビに囲まれないように駆けようとしたが、地表の小石につま先をぶつけて盛大に転んでしまう。

そして、魔王は確信した。

この体は魔法は使えず、物理攻撃力も碌に無く、動作の一つ一つが遅く運動神経も全く無い、あり得ない程の【ポンコツ】な体だという事に。

そんな魔王に十数体のゾンビが取り囲み、ゾンビの腐敗した体液が少しずつ身体に付着して侵食していく。


「この…魔界の王たる…この俺が…こんな下等な連中に何も出来ず…蹂躙される…だと!!!」

「くそっ!あり得ぬ!こんな事あり得ぬ!!!」

「この高貴なる俺に…こんな汚らしい悪臭を放つものを付けおって!ただでは済まさぬぞ!」

「うっ!…気持ち悪くて鼻が曲がりそうだ…んぐっ…」


その間も、ゾンビの体液は蹂躙を続け、やがて蹂躙されていない箇所は無いほどにゾンビの体液まみれとなった。


「なぁ、クラス…ゾンビたちが全然攻撃してへんようやけど、これも…」


「あぁ、これも作戦の一つだ」


「えげつない事考えるなぁ…」


チサトは、手で口を塞ぎ心底嫌そうな顔をして言った。


「くっ!もう…我慢出来ん!」

「乗り移れそうな…間抜けは…居た!」


魔王は、そう言うと、憑依していたマリアの体から離れ、精神アストラル体となって宙に浮かび上がった。

そして、新たな体として選んだのは、マリアを心配しすぎるあまり気をとられているユーリーだった。


「魔法は使えないが、戦闘能力は本物」

「奴の身体を乗っ取って、とっとと離脱する」

「そして、態勢を整え直して、こいつらを!…」


魔王はそう呟きながらユーリーに憑りつくべく距離を詰めていき、もう少しで憑依が出来る距離まで来た時、何処からともなく声が聞こえて来た。


「貴様の意識が憑依に集中する、その瞬間を待っておったのじゃ」

拘束エールフ!!!」


「ぐっ!何だ!動かぬっ!この魔王たる俺の精神体を拘束出来る者がいる…だとっ!」


「当たり前じゃ、伊達に1万年以上も生きてはおらぬからの」


クラス達は声のする方に一斉に顔を向けると、そこにはカヤとマリアの父である瑛三郎、それと彼にお姫様抱っこされながら魔王を拘束した張本人であるマリアの母ニーニアの姿があった。


「お前は…瀕死の状態だったはず…そうか!」


「わしは治癒魔法が使えるでの。意識が戻ればこのとおりじゃ」

「もう大丈夫じゃと言うておるのに、こやつが離さなくてのぅ」


ニーニアは、そう言いながらも満更でもない顔をしながら、夫のお姫様抱っこを堪能している。


「そういえば!貴様!その女と戦っていたのではないのか!」

「全く疲弊した様子もないではないか!」


魔王は瑛三郎を指差しながら罵倒する。

それもそのはず。

クラス達も不思議に思うほど、カヤも瑛三郎も全く疲弊した様子はなかったのだ。

*


(ん…)


どこからともなく声が聞こえてくる。

パパの声だ。


「死闘の振りをして、お前の様子をずっと監視していただけだからな」

「そもそも、ニーニャが戻ってきた時点で、お前に従う義理など全くない」

「マリアに関しては、あいつが決めることだしな」


そう言いながら、瑛三郎はユーリーの方に視線を向ける。


「くそがっ!」


「あ…私…戻って来れた…の…?」

「って、なに?この臭い…う゛っ!き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛…」

「お゛ふ゛お゛ぅ゛え゛ええええええええぇぇぇ!!!」


私は、シリアスな雰囲気を台無しにするほどのうめき声を上げた。

胃の中に何もなかったのが、せめてもの救いだった。

ノルが呼び出したと思われる私の周囲にいるゾンビたちも、どうしたら良いのか分からないような様子で、あたふたしているようだ。

元々、こうなることは一応予定の中にあったけれど、体全体がゾンビの体液まみれなのは流石にきつい。


「色々台無しやけど、お姫様戻ってきたで、ユーリー君」


チサトさんの笑い声を含む言葉がかすかに聞こえた直後、視界には駆け寄って来たユーリーの姿が映った。

ユーリーは、自身にゾンビの体液がかかるのも気にせずに介抱してくれた。


「マリア、立てる?」


「えぇ…うぷ…だい…じょうぶ…うっ…よ」

「とりあえず…まず…彼等を浄化して…あげない…と…ね」


私は、ユーリーに支えながら立ち上がると、エリア・エクソシスムを唱えた。


「ありがとう、本当に助かったわ。ゾンビさん達」

「次の人生で、貴方がたに幸があらんことを」


こうして、彼らは浄化されて光の粒が天(と言ってもここは地下だけど)に還って行った。

そして、私とユーリーの体に付着していた体液も同時に浄化された。


「それにしても、なんであいつはマリアちゃんの魔法が使えなかったんや?」


「その理由は、これです」


私はそう言うと、皆に見えるように自身のワイナンバーカードの裏面を見せた。

裏面には、その人物が所有しているスキルが表示されるからだ。


「えっと…なになに…ヒールにサイレント…2つめでいきなりネタスキルかいな…えっと…プレオブラズ…ってなんやこのスキル、聞いたこと無いな…えっと…エクソシスムに…ホーリーシールド…キュア・ポイズン…キュア・パラライズ…フル・リカバリー…ディバイン…って!これ僧侶系最強の攻撃魔法やん!…あとは…ミスト…と…サーチマップ(ユーリー限定)…なんか、見たらあかんもん見てもうたわ…」


チサトさんが最後のスキルを読み上げた時に、皆は苦笑いをしていた。


「あとは…あれ?…ほんまにこれだけ?」


「はい、これが全てです」


「魔法使い用の魔法は?普通に使つこうてたやん」


「それは、このスキルを使ったんです」


指差したスキルをチサトさんが読み上げる。


「プレオブラズ…さっきも思うたけど、この聞いたこともないスキルは何なんや?」


「これは、私の信仰心を触媒にして、心の中で想像したものを具現化させるスキルです」

「ただ、使用効率が非常に悪くて、例えば私が魔法のファイアボールを放つとして、普通の魔法使いの放つものと同程度の威力を出すには、信仰心がその魔法使いの魔力の3倍必要になるんです」

「もちろん、消費する精神力も同様に3倍必要になります」


「なんやそれ…ただのネタスキルやし、普通にディバイン使うた方が遥かに強いやん」

「でも、マリアちゃん、普通に魔法を使うてたけど…まさか…!」


私は、ワイナンバーカードの表面を皆に見せた。

そこには、私の能力がこう記されていた。


レベル27、筋力G、魔力G、信仰心US+、技能G、敏捷F、幸運S+…と。


「なんや、これ!」


チサトさん含め皆が…クラスさん以外、それはもう大層驚いていた。

もちろん、魔王自身も。


「なんやねん、このUSって?今まで見たことも聞いたこともないで」


「俺も、それを最初に見た時、自分の目を疑った」

「文献にも、載っているのはせいぜいS+までだったからな」

「本来、ネタスキルでしかないものを実用化出来たのは、全てはマリアちゃんの類稀な信仰心と精神力のおかげって事だな」


「だから、俺をそいつの体に乗っ取らせて弱体化させようとしたのか…俺が信仰心を必要とする魔法が使えないのを利用して」

「更に、俺がお前らの戦いを見ているに違いないと想定した上で、強化スキルをわざと多用して近接戦闘も出来ると見せつけたり、メテオも使えるとわざわざ上層の敵相手に使ったり…」

「それを見せることで、そいつに魅力を感じた俺が身体を乗っ取るだろうと…」


魔王は、囚われの身でありながら冷静に分析した。


「使えないのを確信したのは、あんた自身が治癒系の魔法が使えないって自白した時だったがな」


クラスさんは言う。


「戦う前から負けていた、ということか」

「ふっ…まぁいい」

「後は、好きにしろ」


『…あぁ…勿論…好きにさせて貰うさ…』


何処からともなく聞こえる声は、すぐ傍で言っているようにも聞こえるし、どこか遠くからのようにも聞こえる。

あれ?でも、この声…どこかで聞き覚えが…。


「ぐっ!…何だ!…俺の体が…引きずり込まれる!!!」


魔王の声に、私たちは一斉に魔王の方に目を向けた。

そこで私たちが見たものは、今まさに魔王が何者かの手によって顎と胸を掴まれ、空間の歪に引きずり込まれようとしている姿であった。


「俺を…どうするつもりだ!お前は一体!?」


『僕かい?』

『そうだな…一応、この世界の神とでも名乗っておこうかな』


「神…だとっ!」


『そんな事は、どうでも良いよ』

『僕はね…非常に怒っているんだよ…』

『あの子達は、僕にとって大事な子達だからね…』

『それを…あんな…テメーのようなやつが乗っ取っていい身体じゃねーんだよっ!』

『この腐れチ〇ポ野郎がよっ!!!』

『あぁ…いけないいけない。僕としたことが…とりあえず、別室で冷静に話し合おうじゃないか』

『僕の別室って、とても良い所なんだよ』

『アストラル世界っていう所でさー、最初の村の住民ですら君を倒せるくらい強い人がたーくさんいてさー』

『ね?楽しそうでしょ?』

『祝、魔王降臨祭!ってイベントを開催しようと思ってるんだ』

『参加してくれるよね?』

『嫌だと言っても無理やり連れて行くけどね』


神様がそう言っている間も、魔王は徐々に空間の歪に引きずり込まれていた。


『大丈夫、大丈夫、永遠ってわけじゃないからさ』

『まぁ1万年くらい?短いでしょ?』


「はっ!放せっ!!!やめろっ!!!」

「うわああああああ!!!あああ…あああぁぁ…ぁぁぁぁ………」


魔王は断末魔と共に、空間の歪の中へと消えて行ったのだった。

私たちは乾いた笑みを浮かべながらそれを見送り、その直後チサトさんの胸に隠れていたリョクお姉様もひょっこりと顔を出した。


‥‥‥。


それから1週間が経ち、私たちは今、王宮の玉座の間にいる。


「一同の者、面を上げて良い」


との女性の声が聞こえ、私たちはそれに従い面を上げた。

玉座にはセヴァスティアン7世陛下が、その左隣には近衛隊長のシルヴィア・ノーヴィ様が凛とした姿でお立ちになっている。

あれ?シルヴィア様は双子だからともかくとして、陛下がカルシュ様にそっくりなのはおかしくない?


「ねぇねぇ、ユーリー」


「なに?今は私語を慎まないと」


「分かってるけど、陛下ってカルシュ様にそっくりだとは思わない?」


私の言葉に、ユーリーは陛下をまじまじと見る。


「確かに瓜二つに見えるけど、あの方は男爵家の方だし、他人の空似じゃないのかな」


「おい、そこ。私語は慎め」


シルヴィア様に怒られてしまった。


「はい。申し訳ございません」


そう謝罪しながら、シルヴィア様と会話出来たことに私は心の中で感激していた。

ふと、陛下の方に視線を移すと苦笑されている。


「まぁまぁ、シルヴィア。今日は堅苦しいことは無しで良い」

「彼等は、この聖王国。ひいてはこの世界を救った勇者なのだからね」


「はっ。承知いたしました」

「それでは、これから貴殿らに陛下より直々に褒章および褒賞金の授与がある」

「心して受け取るように」


「はっ!」


シルヴィア様のお言葉に、ここに居る全員が一斉に応えた。

って、ここに居る全員に!?

私たちのパーティとパパとママだけでも9人いるし、他の場所でも魔王が呼び出した魔族が暗躍していたらしく、それらに対応した方々も呼ばれているというのに。

その中には、私の知っているユーリーのパパとママ、ギルド長とアリシアさん、孤児院の施設長エーフェミア様、元山賊のバド様と恐らくその同僚の方々など全員合わせると200名以上は居る。

結局、式が終了したのは1時間後のことだった。


‥‥‥。


ところ変わってパーティ会場。


「これが貴族のパーティというものなのね」


私は、目を輝かせながら会場を見渡す。

会場の広さは、200人以上もの人たちが入っているというのにまだまだ余裕がある。

ノルがぱたぱたと小走りしながら料理を取りに回っていても、誰ともぶつかるようなことはない。

料理そのものも、その種類の多さに驚く。

一体、どれだけの人達が作っているのだろうか。

お目当てのケーキだけでも数十種類以上はあった。


「流石に全種類は食べられないわ…残念だけど」


「それじゃあ、僕とマリアとノルの3人で分配シェアすれば良いんじゃないかな」

「そうすれば、全種類食べられるかも」


「あ、それは良いわね」


「お、間接何とやらですかぁ?」


そんなオヤジ臭い事を言って私たちの前に現れたのは、妖精専用の食事皿に料理を大量に盛り、同じく妖精専用のフォークを使ってパクパクと食べながらのリョクお姉様だった。


「いやぁ、ユーリーさん、考えましたねぇ」

「マリア様が口に付けたフォークを使って、合法的に分けて食べる方法を思いつくなんて」


「えっ!?いや、そんなこと考えていませんよ?」

「もちろん、ナイフで切って3人で分けるって意味で言っただけで…」


「本当ですかぁ?」

「でも、マリア様も別に嫌がっていないっぽいですよ」

「きしししし」


その言葉を聞いたユーリーは、私の方に視線を向けて来たので、私は慌てて目を逸らしてしまった。


「おいおい、それくらいにしておくのじゃ」


「あ、ニーニャ様」

「それじゃあ、また」


リョクお姉様はそう言って、パタパタは羽ばたかせてママの下へと向かって行った。

結局、ユーリーとは少し気まずくなったものの、色々な人達と話をする機会を得られて、私にとっては有意義な時間を過ごすことが出来たのだった。


‥‥‥。


そして、それから更に1週間が経ち、クラスさんたちが城を去る日がやって来た。


「もっと滞在していただいても良かったですが…」


「ふっ、マリアちゃんも、とうとう俺の隠し切れない魅力に気付いたんだね」


そう言って、私の手を握ろうとしたので、いつものようにペチンと叩いて回避した。


「いえ、そんな気持ちは全く、これっぽっちもありません」


「ふふふ、良いね、その顔」

「当分、その顔が見れないのが残念だけど、この世界で共に生きているんだから、また会えるさ」


「せやな」


クラスさんとチサトさんは、次にカヤさんへ別れを告げた。


「お二人ともお元気で」

「あと、これを…後でお読み下さい」


そう言ってカヤさんは、クラスさんに折りたたんだ紙を渡した。


「もしかして、ラブレターってやつかい?」


その直後『そんなわけあるかー』という台詞と共にクラスさんの頭上にツッコミマ扇が落ちた。


「それは200%あり得ませんが、後で必ず読んで下さい」


「ああ、勿論だとも」


次は、ノル。


「また、遊びに来てね。クラスお兄ちゃん、チサトお姉ちゃん」


「もちろんだよ。次に会う時は必ず君に愛の素晴らしさを教えてあげるよ」


「うん?分かった」


「ノルちゃん。忘れてええことも世の中にはあるんやで」


クラスさんとチサトさんは、最後にパパとママの前まで行き、別れを伝える。


「本当に残念じゃ」

「クラス君は亡き弟に瓜二つじゃし、チサト君も母様の亡き旧友に瓜二つで、まるで1万年前の彼らに再会出来たかのような懐かしさがあったのにのぅ」

「ともかく、また気が向いたらここにいつでも遊びに来てくれて良いのじゃぞ」

「お主達は、マリア達にとっても大事な友人じゃからの」


「ニーニャの言葉を意訳すると『出来れば行かないで欲しい』という事だ」


「お主は意訳しすぎじゃ!」


パパとママとのやり取りに、クラスさんとチサトさんは苦笑する。


「ありがとうございます」

「私も、何故だか良く分かりませんが、凄く懐かしい感じがしていました」


「うちも、全く同じ気持ちでした」


「また、近いうちに必ず」


そう言って、クラスさんとチサトさんは、パパとママと堅い握手を交わし、そして、二人は城を後にした。


「ん?そういえば、リョク姉はどこに行ったんじゃ?」


「ここにいないって事は、そういう事なんだろ」


「そうか…なら…本当にそうなのかもの」


ママはそう言って、空を見上げた。


‥‥‥。


そして、翌日。

今度は、カヤさんが城を去ることになった。

元々、私たちの警護を担当していたからこそ城に居たのだし、その脅威が去ればここに留まる理由は無かった。

実際のところは、グランマから帰還命令が下りたからなのだけれど。


「申し訳ございません」

「ネネカ様のご命令は絶対ですので」


そう言って、私たちに謝った。


「カヤお姉ちゃん、元気でね」


「えぇ、ノルさんもお元気で」


「まぁ、母様の本音は、この愚女とユーリー君のイチャイチャの邪魔にならんように帰って来いって事なんじゃろうがの」


「何を言ってるの、ママ!」


「ふふ、私も実はそう思っておりました」


ほんのり少し表情を緩ませながら、カヤさんは言う。


「カヤさんまで…もう…それでいいです」


私は頬を膨らませながら、ユーリーは頬を人差し指でかきながら苦笑いをしていた。


‥‥‥。


それから、更に1ヵ月が経ち、とうとう私達が旅立つ番となった。


「ノルも一緒で良いの?」


「全く問題はないわ」


「そうだよ。ノルはもう僕達の大事な家族なのだから、一緒に旅をしても何も問題はないんだよ」


「うん!」


「そもそもノルが居ないと、毎週いえまで帰って来ないといけないから…」

「ノルも世界中を旅してみたいでしょ?」


ノルの動員悲鳴を使えば世界中のどこに居たとしても、更に場所さえ確保出来れば週に一度の浄化の日を行う事が出来る。

城の中庭に続く通路にある看板も、内容を下記のように書き換えたので大丈夫だろう。


『浄化の日は、現地時間の毎週金曜日の26時。動員しますので自宅待機でお願いします。管理人ノルドヴィカ・M・シンダッコ』


「お主ら、魔王を倒したからといって慢心するでないぞ」

「この世界はまだ未開の地があるからの」

「どこに、お主達にとって脅威となる者がおるか分からん」

「あと…」


「ママ、これから旅立とうというのに、小言ばかりで台無しだわ」


やれやれ、と言わんばかりの表情をした。


「分かった、分かった。とりあえず、避妊は必ずせよ。以上」


「お姉ちゃん、ひにん、ってなに?」


「ノルは、まだ知らなくていいのよ」


私は笑顔でそう言って、頭を撫でてあげた。

ちなみに、パパは面と向かったユーリーの肩に手を当てて、お互い微妙でぎこちない笑顔をしていた。

私達はアルマーズの引く馬車に乗り込むと、パパとママに見送られながら城を後にする。


「もちろん、ユーリーの実家にも寄って行くわよね」


「そうだね、当分帰って来ないからね」


「ごーごー」


こうして、私達の新たな冒険は幕を開けた。

後に、私があの城の本当の主となって【聖魔王】と呼ばれるようになるのは、それからまだ10年以上も先の事である。

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