第98話 魔王の地下迷宮 その11

(あ…ここは…)


『やほー』


(神様、お久しぶりです)

(私が、今ここに居るという事は)


『うん、今は向こうは時間が止まっているよ』


(そうですか…でも、動き出したとしても結局魔王にやられてしまうだけですけれど…)


『え?』


(え?)


『あぁ、そうか。君はあの時、意識がもう無くなっていたんだったね』

『それじゃあ、そんな君に特別に見せてあげよう』

『記憶と忘却を司る精霊よ。マリア・E・オーディンスヴェトゥワの欠落せし時剋じこくの事象を我が記憶にて拾遺補闕しゅういほけつし此処に投影せよ。リプロデュース』


神様がそう唱えると、私の目の前に黒い長方形の紙のようなものが現れ、少しして神様の記憶と思われるものがそこに映し出された。


*

「では、さらばだ」


魔王は、意識を失いかけているマリアに向かって止めを刺すべく拳撃を繰り出したが、それは思わぬ者によって防がれてしまう。


「なっ!貴様は!?グレーターデーモンはどうした?」


「それなら、倒させてもらったよ」


「なんだと!?そんな馬鹿な!」


魔王は、ユーリーたちが戦っていた場所に目をやる。

2体のグレーターデーモンは大量の緑色の血を流しながら地面に伏し、今にも灰と化して消滅しそうな状態であった。

他の3人も、ユーリーを追って走っている。


「くっ!」


魔王は苦悶の表情と共に、後ろへと距離をとった。


「どうやって倒したのか知らぬが、まぁ良い」

「そこの娘同様、我が拳撃によって撃ち滅ぼしてくれるわっ!」


魔王はそう言うと、ユーリーの下に一瞬にして距離を詰め、無数の拳撃をユーリーに繰り出した。

しかし、その拳がユーリーの体に一発たりとも中ることは無かった。


「そんな馬鹿な!?」

「いや、まぐれだ、そうに違いない!」


魔王は再び同様の、いや、それを超える数の拳撃を放ったが、それらも全てかわされてしまう。


「無駄だよ。貴方の攻撃は僕には通用しない」


「これは一体どういうことだ…お前の力は確かに魔水晶で覗き見て知っている」

「昨日の今日で、何が変わったというのだ!」


「何も変わってないよ」

「だって、あの時、僕は本気を出していなかったのだから」

「本気を出しても結局勝てはしないけれど、少なからず彼女たちを傷つけてしまうからね」

「だから、少し手を抜いたら僕が一方的にやられてしまった、というわけだよ」

「カヤさんとも本気でやりあったら勝てないのは分かっているけど、やっぱりまぐれでも当たったら嫌だからね」

「でも、今日は違う!」


ユーリーはそう言うと、今までとは逆に一気に距離を詰め、無数の剣撃を魔王に放った。


「うぬぅっ!何という事だ…この俺がこんな小僧に押されている…だとっ!」


防戦一方となった魔王は、次第にユーリーの剣の突きをその身に受け始め、そのたびに血しぶきが上がった。


「貴様、良いのか?この体はあの小娘の母親のものなんだぞ?」


「お義父さんやマリアのようにはいかないよ」

「僕はただ、マリアを傷つける存在は誰であろうと排除するだけだ!」


「くっ!…こうなっては仕方がない」


魔王は、大きく後ろに跳躍すると、ユーリーと距離をとる。

それとほぼ時を同じくして、クラスたち3人はユーリーの下へと駆けて来ていた。


ユーリー・・・・、大丈夫か!?」


「クラスさん、全然平気です」

「それより、来ます!」


ユーリーの言葉に、クラスとチサトは戦闘態勢をとり、ノルはチサトから受け取っていた回復ポーションを持ってマリアの下に駆け寄って行った。


「今回は、あの時のようには行かぬぞ」

「見るがいい、メテオの連続攻撃を…なっ!」


魔王は両手を天に掲げると空間の歪が二つ現れた。

そこからは、巨大で真っ赤に燃える隕石が頭を覗かせている。


「マジックシールド!マジックシールド!マジックシールド!!!」


チサトのバフを受けたクラスは何重ものマジックシールドを張っていく。


「ほぅ…あの時よりは多くのシールドを張れるようになっていたか」

「だが、俺のメテオ2発を封じるには、まだまだ不十分だ」

「さぁ、最大火力のメテオをその身に受けるがいい」

*


『と、いう感じ』


(どっちにしても、絶体絶命じゃないですか!)


『そだねー、君が目覚めないと無理だろうねー』

『おっと、そういえば、ノルちゃんが君に回復ポーションを飲ませてる最中だから、そろそろ効果が表れてくるんじゃないかな』


(そういえば…何か体が軽くなったような)


『でしょー?』

『んじゃ、あの時にみたいに頑張ってみようか』


その次の瞬間、私は目覚めた。


「ありがとう、ノル」


そう言うと、目を覚ました私を見て涙ぐんでいるノルの頭を少しだけ撫でてあげるが、それを長時間してあげられる余裕はない。

私はすぐさま起き上がって、それを放った。


魔術を破壊する者ウィザルド・デストロイヤー!」


そして、勝負は決した。


「ばっ…馬鹿な…こ…の…俺…さ……ま………が………」


その言葉を最後に、魔王は体中から血を流して地面に倒れた。

私は、魔王に駆け寄るとスリープを唱え、抱きかかえながら死なない程度にヒールを唱えて傷を癒した。


「ふぅ…あとは、時間をかけて魂を分離させる方法を…」


*

「マリア、どうしたの?」


マリアの傍まで駆け寄ったユーリーは、マリアの肩に右手をやって問いかけた。


「いっ!…た…」


ユーリーは、痛みに肩にやっていた手を引っ込めて、もう一方の手で押さえた。

その手からは、血がにじみ出ていた。

マリアが腰に差していたナイフで、ユーリーを切りつけたのだ。

幸運な事に、ユーリーは革のグローブを装備していたため、傷はそれほど深くは無い。


「マリア…いや…まさかっ!」


「ふふふ、その…まさかだよ」


どす黒いオーラを放ちながらマリアは‥‥いや、魔王はゆらりと立ち上がった。

ニタリと笑うその薄気味の悪い顔は、いつもマリアが見せる表情とは違い、正に邪悪と言うに相応しいものであった。


「さぁ、続きを始めようじゃないか」

*

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