第79話 緊急クエスト その1

アリシアさん達の会話は数分に及んでいた。

そして終わると同時に、アリシアさんは私たちの方まで早足でやってきた。


「申し訳ないのですが、緊急の依頼を受けて頂けないでしょうか」


アリシアさんはチラリと私たちの方も見ながら、クラスハンドさんに言う。


「ふっ…もちろんアリシアさんの頼みとあれば、このクラスハンド、メテオが降り注ごうが光の届かない闇夜の中であろうとも貴方の寝室へ参りましょう」


そう言って、アリシアさんの手を握ろうとした。

しかし、ニッコリと微笑みながらアリシアさんはクラスハンドさんの手の甲をパチンと叩いた。

微笑んでいるものの、明らかにいつもと違いそれはもう圧が凄まじいものであった。

アリシアさんの後ろに、般若の面が見えるかのように。


「あぁ…なんて素晴らしい笑顔で叩くんだ…俺の胸はぞわぞわとして、今にでも心臓が止まりそうだ…」


「あー、ハイハイ。分かったからどいて」


チサトさんはクラスハンドさんをドンと、それはもう凄い力で両手で押して横へと追いやった。

そのクラスハンドさんはごろごろと転がり、隣の席の椅子に盛大にぶつかって止まった。


「ごめんなぁ、アリシアさん」

「で、緊急の依頼の件なんやけど」


「はい。実はですね………」

「オーガの討伐を受けていた冒険者さん達が、どうも失敗したらしく………」


「全滅したん?」


「いえ、近くの村までパーティの一人が、命からがら応援を頼みに戻られたみたいです」

「他のパーティメンバーは、洞窟内に取り残されたままとのことです」


「という事は、救出の依頼…ってわけか」


「はい。報酬につきましては、救出メンバー一人につき10万エルとなります」

「それにプラス、オーガの討伐もお願いしたいのですが……」

「彼らが引き受けた時点では3万エルの報酬ですが、恐らく大幅に上乗せされると思います」


「ふむ…で、場所やけど」


「はい、こちらになります」


アリシアさんはテーブルの上に地図を広げると、指で差しながら説明を始めた。

その洞窟の近くにある村は、この街から南に馬車で6時間は掛かる場所であった。


「うっわ…まずいなぁ…」


「そうだな」


いつの間にか復活していたクラスハンドさんは、チサトさんの隣の席で肘を付けながらそう呟いた。


「何がまずいのかしら、ねぇユーリー」


「6時間掛かるってことは、今から出発しても村に着くのは夜だから、それから更に洞窟まで移動して入る頃には最悪深夜になっていると思う」

「深夜はモンスターの活動がより活発になるから、日が出ている時間帯より強くなるんだよ」


「お、弟君、やるじゃないか」


どうあっても弟扱いにしたいらしい。


「そのとおり。普通の討伐なら次の日を待てばいいが、今回のメインは救出だ」

「つまり、難易度はより高いってわけだな」


ユーリーは、クラスハンドさんの説明を聞いて頷く。

説明はともかく、弟扱いは否定してほしいのだけれど。


「ともかく、俺達はこれから直ぐに発つけど、君たちはどうする?」

「出来れば手伝ってほしいんだが…特に、彼女には」


そう言って彼が視線を向けた相手は、当然の如くカヤさんであった。


「私の使命はマリアさん達の命を守ることです」

「マリアさん達が行かれるなら、私も参ります」


その言葉に、再びクラスハンドさんは私の方を見た。


「だってさ」


「私も行きます」


こうして、二台の馬車が現地に向かって出立したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る