第76話 彷徨いのバンシー その5

そして私たちは今、城の裏手の道を登った先にある丘の上に来ていた。


「確かに、何もないですね」


あるのは、見渡す限り群生している野草やお花だけで、その奥も森が広がっているだけである。

つまり、建物らしいものは当然ながら全く見当たらない。


「ねぇ、ノル。何か思い出せる?」


「ううん。分からない…」

「でも…懐かしい感じはする…」


「そう…なら元々ここに何かあった可能性はあるわね」


「それなら、私の出番ですね」


カルシュ様はそう言うと、手のひらを地面に向け目を閉じて精神を集中させた。

程なく、彼の周囲に風が吹き始めた。


「風属性の探索スキルのようですね」


カヤさんは言う。


「風や大気を通じて探索を行いますので、地上の構造物を探索するのに適しています」

「洞窟や地下のダンジョンであれば土属性、水中であれば水属性の探索スキルが有効です」


「探索スキルと言っても種類があるんですね」


「そうですね」

「ただ、もちろん洞窟でも風属性の探索スキルを使うことは出来ますよ。精度は落ちてしまいますが」


「なるほど」


私も一つくらい覚えたいところだけど、どちらかと言えばユーリーの方が向いているかしら。

そんなことを思っているうちに、カルシュ様の探索は終わったようだった。


「屋敷ではありませんが、あちらの奥の方に石の建造物があるようですね」


そう言って、差したのは森。

そこへ向かうと、私の身の丈ほどの雑草が見事に茂っていて、かき分けながら進まないといけない程だった。


と、思ったのだけれどカルシュ様は風の魔法で、目の前の雑草を刈りながら進み始めた。

その横では、オルシェンカ様も同じ魔法を使って道を切り開いてくれている。


「うわぁ、便利」

「あの魔法も欲しいわよね」


「そうだね。まぁ、それが本来の使い方ではないんだろうけどね」


「ともかく、私たちも行きましょ」


私は、ノルの手を引いて歩き出し、それに続いてユーリーとカヤさんも歩き出した。


------


10分程歩いただろうか、カルシュ様とオルシェンカ様はふいに足を止めた。

傍まで行くと、目の前には無駄な雑草など一切生えてはおらず、かと言って荒々しい大地でもなく、整備の行き届いた平地が数十メートル先に見える崖まで広がっていた。

そして、その平地の中央には石碑のようなものが建っていた。


「行ってみましょ」


再びノルの手を引いて、石碑の方に向かって走りだした。

石碑の前に着いた私は、そこに書かれている文字にも直ぐ気付いた。

しかし、その文字は見たことも無い物であった。


「古代文字かしら?ノルは読める?」


しかしノルは、フルフルと横に首を振った。

後を追って来たユーリーにも訊いてみたが、知らない文字だという。


「………」


そんな中、カヤさんはジッと石碑に刻まれている文字を眺めていた。


「カヤさん、読めるのですか?」


「…いえ…」


何か含みがあるような答えが返って来ただけで、それ以上は何も口にしてくれなかった。

一方でカルシュ様の方に視線を向けると、彼は険しい顔をしながら石碑を眺めていた。

その横に控えているオルシェンカ様は、そんな彼を見て何となく暗い顔をされているように感じた。

あまり良い事が書かれてはいないのだろう。


そして次の瞬間、カルシュ様は頭を掻きながら口を開いた。


「いやぁ、全く何が書かれているのか分からないなぁ」

「参った参った、ははは」


と、屈託のない笑顔を私に向けて来た。


「そうでしたのですね。真剣な顔をされながら見てらしたので、てっきり刻まれている文字をお読みになっておられたのだと思っておりました」


「ははは」

「いやぁ…全然読めないなぁ、と思いながら眺めていただけなんですよ」


カルシュ様は、そう言って照れ笑いをしながら再び頭を掻いた。


------


丘の上からの帰り道。


「結局、何も分からずじまいかぁ…」

「ノル、ごめんね」


「ううん。いいの」

「分からなかったのは残念だけど、みんな優しいから寂しくないよ」


なんていい子なのかしら。


うちは無駄に広いから、引き続き部屋を自由に使っていいからね」

「ノルが望むのなら、だけど」


「うん。ありがとう」


恐らく丘の上には、かつて彼女が仕えていたサルバン伯のお屋敷があったのだろう。

逆に言いかえると、彼女には帰る家はもう無いのだ。

こうして私たちは城に戻ったのだけれど、突如としてカルシュ様たちは用事が出来たと言われて街へと帰ってしまわれた。


------


(あれ?ここは夢の中?)


『やっほー、お久しぶりー』


(あ、神様)

(また、私に魔法を授けて下さるのですね)


『そだよー』


私は、いつものように膝を曲げてお祈りのポーズをとった。

そして、温かい光と共に、私は新しい魔法を習得した。


『ん?どうしたんだい、浮かない顔してるね』

『新しい魔法は、やっぱり気に入らなかった?』


(いえ、少し気になることがありまして…)


『バンシーの女の子の事かな?』


(やはり、神様は何でもお見通しなのですね)


『まぁ、それだけが取り柄だからね』

『君が知りたいなら、全て教えてあげるよ』

『でもね、知らない事の方が良い場合もあるかも知れない』


(ということは、いいお話、というわけではないのですね…)


『だねぇ』

『まぁ、それに今回の事はに任せておけばいいと思うよ』


(彼…カルシュ様のことですか?)


『そうそう、彼』

『彼は色んな所に顔が利くからね』


(神様がそう言われるなら、そうします)


『そうだね、それがいいよ』

『おっと、時間だ』

『じゃあ、まったねー』


(はい、ありがとうございました)


------


それから数日経ったある日、ジェンヌ聖王国の国王セヴァスティアン7世の名のもとに、サルバン伯に対する名誉回復が行われ、侯爵家リストにも再度記載されることが公表された。

また、その伯爵夫人であった現国王の大叔母に対しては、王位のはく奪および王族リストからの削除、王家の墓から罪人の墓に改葬されたことも併せて公表された。

そして、一人の少女の記録も正しい記録に訂正が施され、サルバン伯をはじめとした3名のお墓が、私の城の裏手にある丘の上に新たに建てられたのだった。

その出来上がって間もないお墓の前に私たちはいる。


「どう?あれから何か思い出せた?」


「ううん。でも、この人がお父さんでも全然嫌な感じはしないから、きっと良い人なんだと思う」

「それに、お母さんの事も分かって嬉しい」


「なら良かったわ」


結局、彼女の記憶が戻ることは無かった。

カヤさんによると、バンシーとして生まれて来たということは、生前にとても悲しい出来事があったはずで、そのショックが原因で記憶が失われてしまったのだろう、とのことである。

カヤさんやカルシュ様は否定したけれど、恐らくあの石碑に詳細な事が刻まれていたに違いない。

私は全く気付かなかったけれど、あの辺一帯に強い結界が張られていたらしいし。


「それにしても、これからもずっとバンシーのままなのかしら」


「どうだろうね。エクソシスムが効かないのなら、ノルはもうただのバンシーではないのかも」

「新しい種族として生まれ変わった、とか」


「だとしたら、ノルがその種族の最初の人ってことよね」

「私たちは、歴史的な出来事を目の当たりにしているのかも」


「そうかも知れませんね」


そんなことを言いながら、私たち3人はお花畑で楽しそうに遊んでいる彼女を見守った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る