第74話 彷徨いのバンシー その3

朝食を終えた私たち一行は、王立図書館へ足を運び手分けして死亡者・行方不明者リストに目を通した。

そして、2時間ほど経った頃にユーリーが声を上げた。


「あったよ、ここ」


皆でユーリーが指を差したところを見てみると、確かに名前の欄に『ノルドヴィカ・シンダッコ』と書かれていた。


「でも、これって…」


そう、リストにある彼女の欄には『聖暦8558年3月17日死亡』と書かれいた。

今から1486年も前の出来事である。


「えっと…出生地不詳…出生年月日不詳…父不詳…母不詳…職業サルバン伯家メイド…死亡原因転落死…死亡届人サルバン伯…か…」

「ノルは、何か思い出せたことはある?」


「特に何もありません…」

「しかし、サルバン伯という名前は…とても懐かしい感じがします」


昨日出会った時とはうって変わって、丁寧な口調で彼女は話す。


「という事は、サルバン伯家について調べたら、何か分かるかも知れませんね」


カヤさんは言う。

とはいえ、私もユーリーもサルバン伯家なんて聞いたことも無かった。

そこで、図書館内にある王家・侯爵家・伯爵家・男爵家をリストにした書物を片っ端から全て読んでいったのだけれど、一向にサルバン伯家は一文字すら見当たらない。

お昼も食べ終えた後も、引き続き本の虫となって他の書籍も含め調べ上げた。


そして夕方。

私たちは途方に暮れ諦めかけた頃、背後から最近聞き知った声が聞こえて来た。


「こんにちは…と言うにはちょっと時間が遅いですかね」

「マリアさんに、ユーリー君。カヤさんに、えっと…そちらの方はお初のようですね」


そう‥‥現れたのは、貧乏男爵家の三男坊カルシュ・オラ=ノヤン様と、その従者オルシェンカ・ノーヴィ様であった。

あれ?貧乏は言ってなかったような?

まぁ、心の中で思っただけだからセーフよね。


「あ、カルシュ様にオルシェンカ様、ごきげんよう」


私は立ち上がり、スカートの裾を掴んで持ち上げてお辞儀をした。


「ははは、そんなにかしこまらなくても良いですよ」

「それより、図書館で熱心に何を調べておられたのですか?」


「それが…」


「言いにくい事でしたら、無理に話されなくても大丈夫ですよ」

「恐らく…彼女の事なのでしょうし」


そう言って、カルシュ様はフードをかぶっている・・・・・・・・・・ノルの方を見た。

そりゃあ、やっぱり怪しまれるわよね。

図書館に入ってまでフードをかぶっているのだから。

私は、ユーリーとカヤさんの方にちらりと視線を向け、二人が首を縦に振ったのを確認したあと、ノルの事を包み隠さず話した。


「なるほど…にわかには信じられませんが、確かに彼女はバンシーのようですね」

「君はどう見る?」


カルシュ様はオルシェンカ様に視線を向ける。


「私もにわかには信じられませんが、目の前でこうして居られるのですから信じざるを得ないですね」

「あと…彼女が仕えていたというサルバン伯家は既に絶えて久しい伯爵家だと思われますが、だとしてもそれらの書物王侯貴族系譜集に名称が出て来ないのはおかしいですね」

「それらには、断絶した家系も含め有史以来全ての家が記載されているはずですので」


「と…いうことは、アレかな」


「恐らく」


二人のやり取りを聞いて、何か事情があるのだろうというのは察しがついた。


「というわけで、僕が持っているあらゆる権力を使って調べてみましょう」

「とはいえ、所詮は貧乏・・男爵家の者ゆえ、あまりご期待にはそえないかも知れませんが」


カルシュ様は、そう言って満面の笑みをこちらに向けて来たのだった。

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