第73話 彷徨いのバンシー その2
「具合は大丈夫?」
「うん。大丈夫」
彼女は首をコクリと縦に振って答える。
見た目は全く大丈夫そうに見えないけれど、本人がそう言うのだから大丈夫なのだろう。
「ちなみに、紅茶は飲めるかしら?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、僕が淹れて来るよ」
ユーリーはそう言って、一人キッチンに向けて駆ける。
私とカヤさんはそのまま彼女を居間に案内し、彼女をソファへと座らせた。
そして、程なくユーリーがキッチンカーを手にやってきた。
「どうぞ」
ユーリーは手際よく入れた紅茶の入ったティーカップを、バンシー少女の目の前のテーブルに置く。
同時にクッキーを入れたカゴを、彼女が一番取りやすい位置に置いた。
彼女は、紅茶のティーカップを口に付けようとしたものの直ぐに止めて、テーブルの上に置き直した。
「お口に合わなかった?」
「ううん、熱すぎただけ」
私たちにとっては適温でも、彼女にとっては凄く熱いと感じるようだ。
やはり体温が低いからなのだろう。
当たり前と言えば当たり前の話であった。
「ごめん、淹れ直してくるよ」
「ううん、大丈夫。冷めるまで待つから」
という二人のやり取りの後、私は彼女に訊いた。
「とりあえず、貴方のお名前を教えて下さるかしら」
「私はマリアで、彼がユーリー…そして、こちらがカヤさん」
「私の名前……なんだっけ………うーん………あ……思い出した」
「ノルドヴィカ……ノルドヴィカ・シンダッコだよ……たぶん」
「じゃあ『ノル』って呼んで良い?」
「って、いきなり馴れ馴れしいかしら」
「うん、いいよ。前もそんな風に呼ばれてた気がするし」
こうして、互いに自己紹介を終えると『どこからやって来たのか』 『何故この城に来たのか』 『一緒にいたゾンビたちは知っていた人たちなのか』等々訊いてみたものの、彼女は自身の名前と気を失う前の最後の記憶以外、思い出すことはなかった。
「明日、街へ赴いて死者・行方不明者リストから探して見てみましょう」
という、カヤさんの提案に皆が承諾して解散となった。
この辺一帯に住んでいる人たちは街の王立図書館にリスト化されているので、調べたら名前が出てくるかもしれない。
「じゃあ、今夜はここで休んでね」
彼女を、お客さんが来た時のために用意している寝室へと案内した。
そして、程なく次の朝はやって来た。
「ふあぁ…おはようユーリー、カヤさん」
「おはようございます、マリアさん」
「おはよう。寝起きに悪いけど、ノルさんを起こしに行って来てくれないかな」
「うん、わかったー」
パタパタパタと走りながら、ノルの寝室の前まで行くとコンコンとノックをする。
「ノルー、起きてるー?」
返事はなかった。ただのバンシーと化しているのかも知れない。
そんなことを思いながらドアを開けて中を覗くと、ベッドの上には居なかった。
部屋中を見回したり、死角になっているところもすべて見てみたが、やはり見当たらない。
「あわわわわわ……まさか…本当に消えてしまったの!?」
よくよく考えなくとも、彼女は死霊系モンスター。
朝日によって、消滅した可能性もあるのだ。
‥‥と、その時、物置の方からゴソゴソ音がした。
「まさか…」
物置を好んで使っている人がいるという前例もあることから、躊躇することなく物置のドアを開けると、そこに彼女はいた。
石畳の上で、お布団のシートにくるまった状態で。
「ん…あ…マリアさん。おはようございます」
何事も無かったかのようにそう言うと、彼女は起き上がった。
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