第72話 彷徨いのバンシー その1

「嘘っ!?一人だけエクソシスムが効いてないわ…」


私が驚く中、月明かりを背にそのはパタリと地面に倒れ込んだ。


「とにかく。行って確かめよう」


ユーリーは言うが早いか、廊下にかけている予備の剣を手に走り出した。

彼の後を追って、私とカヤさんも急いで城の階段を駆け下り中庭に向けて走る。

私たちは中庭に出るとすぐさま立ち止まり、該当の場所へと視線を向けた。


「マリアは後ろに居て」


ユーリーは振り向きざまに私に言うと一人慎重に足を前に進め、私とカヤさんは数歩下がった位置から彼に歩調を合わせて進んだ。


カヤさんが止めない‥‥ってことは、安全だからなのよね…きっと。


チラリと横目で思っているうちに、該当の場所に到着する。

月明かりだけが頼りの中庭であるが、今はハッキリとその姿を見て取ることが出来る。

ゾンビやスケルトンの類ではない‥‥けれど、肌が青白い。

私は、カヤさんの方を再びチラリと横目で見る。

やはり、特に警戒している様子は無かったので大丈夫だと判断した私は、彼女・・の側まで寄ると肩を少し揺すりながら声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


しかし、反応は無かった。

見た目どおり、ただの屍なのかもしれない。

ともかく、筋力の足りない私に代わってユーリーは、うつ伏せで倒れている彼女を優しく抱えながら仰向けにした。


「やはり、バンシーのようですね」


カヤさんが開口一番に言う。


「バンシーって…叫び声を聞くと死ぬっていう、あのバンシーですか?」


「え!?私、彼女の声聞いちゃったんだけど…」


「だね…僕も聞いてしまった…」


一瞬動揺した私たちであったが、カヤさんの説明によりホッと胸を撫で下ろすことになる。


「お二人ともご安心下さい。それは、ただの迷信です」

「それにしても変ですね。バンシーも死霊系モンスターですから浄化するはずなのですが」


カヤさんがそう言われるのとほぼ時を同じくして、バンシーの少女・・が『うぅ…』という、うめき声と共にゆっくりと目を開けた。


「ん……あれ?……貴方はだあれ?ここは……いったい……どこ?」


バンシーの少女は、ゆっくりと首を振りながら周囲を見渡す。


「ここは、僕たちが住んでいるお城の中庭です」

「貴方は、どうしてここに来られたのですか?」


「………分からない………」

「でも……確か…水汲みをしに…川に行った時……つまづいて坂道から転げ落ちてしまって……」


彼女は首をゆっくりと振りながら答える。

そして、ユーリーに支えられながら彼女は立ち上がった。


「恐らく、その時に打ち所が悪くて亡くなられたのでしょう」


カヤさんは、私にだけ聞こえるように耳元で囁く。

エクソシスムが効かなかったことや、意思疎通が可能であるのも通常ではありえない、という情報と共に。


「どうしたら良いのかしら……」


「お好きなようにされたら良いと思います」


カヤさんが特に反対をしないのであれば大丈夫なのだろう。


「それじゃあ。とりあえず、お城の中に入りましょうか」


当然、その言葉に対して異議をとなえる者は無く、私たちは彼女を連れて城の中へと戻ったのであった。

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