第65話 去った後に来た

新年に入ってもジャイアント・ラビットの退治依頼を受けられずにいた。

依頼リストに上がって来ることは来るのだけど、それを目にする頃には時すでに遅く他の冒険者によって取られた後であった。


そのため私たちは相も変わらず、誰もやりたがらないゾンビを浄化している。

ある時は、雪の降る中、ある時は晴れた日の深夜、はたまたある時は大雨の降る日。

当然ながら太陽が出ている間に出現することは無いため、松明やランプは必須である。

戦い方としては、ユーリーが私のところまで誘導して来てエクソシスムで一気に片付けるという感じで、慣れてしまえばただの作業で何と言うことは無かった。


「それにしても、本当に多いわね」

「神様は、こういう方たちを助けられないのかしら」


ふと口にした私の疑問に対し、カヤさんはこう答えた。


「マリアさん達の言われている神は、人を救うということは絶対にありません」


「それは、どうしてですか?」


「そんなことをしてしまえば、人は自ら努力したり人を愛したりしなくなり、ただ堕落した存在と化してしまうためです」

「ですから、その人にあった力を少しばかり分け与える、程度にしか干渉してくることはありません」


「確かに…それが私やユーリーが持つ魔法や技能…というわけですね」


「そうです」


カヤさんの説明に私たちは納得しつつ、最後のゾンビを浄化した。

今日は少しばかり遠出をしてしまっていたので、ジェンヌの街まで帰って来た時には既に夜が明けていた。


「ギルドの受付が開くまで、まだ2時間くらいあるわね」


「そのようだね。ご飯食べながら待つ?」


「そうね。カヤさんもそれで良いでしょうか?」


「はい、構いません」


私たちは、ギルド内に併設されている食堂で朝ご飯を食べることにした。

朝の6時だというのに、結構な人で賑わっている。

もっとも、大半はお酒で泥酔しているようだけれど。

私たちは、出来るだけお酒の匂いのしない隅っこの方に座ると、ウェイトレスさんに注文をした。


「私は、ベーコンエッグとトースト、あ、ジャムはマーマレードで、後は紅茶をお願いするわ」


「僕は、フランクフルト3本と、ベーコンエッグ、トースト、えっと付けるのはバターで、飲み物はホットココアでお願いします」


「私は、そうですね。大盛ステーキセットをお願いします。飲み物はオレンジジュースでお願いします」


と、三者三様の注文をして、それらは全て美味しく頂かれたのであった。

食事と雑談をしているうちに、ギルドの窓口ではアリシアさんも含めた担当の職員が窓口を開けるための作業をする姿が目に入ってきた。

と同時に、我先にと既に窓口に並んでいる人も。


「じゃあ、私たちも行きましょうか」


こうして朝一番、アリシアさんに報告を終えた私たちは城へと戻り、お風呂に入ると速攻でお布団の中。

次に目が覚めた時、既に部屋は暗闇に包まれていた。


「あ、マリアさん、ユーリーさん。こんばんは」

「お食事出来てますよ」


有難いことに、先に起きていたカヤさんは食事を作ってくれていた。

その食事の最中、カヤさんが口を開いた。


「明日、最終テストを行いたいと思います」


そして、次の日の朝。


場所は地下1階にある広大な部屋。

壁には、松明が2本だけ掛けられている。


「それでは最終テストを始めたいと思います」

「どの様な手を使用しても構いませんので、私をこの円の外まで出して下さい」


カヤさんは自ら引いた円の中心に立つと、刀を抜く。


「どの様な手を使っても、良いのですか?」


「はい、構いません」


「ユーリー…どうしよう」


どのような言葉を発しているか悟られないようにユーリーの側まで行くと、口元を隠しながら彼にだけ聞こえるように小声で話しかけた。


「うーん…正直どんな手を…と言っても多分カヤさんには通じないだろうし、正攻法で行こうよ」


「そうね」


「そろそろ宜しいでしょうか?」


「はい」


私たちはハモりながらそう答え、戦闘開始となった。


開始直後、ユーリーは走り出して一気に距離をつめた後、飛び上がる。

その高さを利用して、彼女の頭上に剣を振り下ろした。

しかし、カヤさんは左手に持っていた刀で難なく受け止めると、ユーリーをそのまま左へといなした。

ユーリーは体制を崩されながらも、体を回転させて上手く着地を果たしている。


「ファイアボール!」


彼がいなされた直後にカヤに向けて撃っていた私の魔法も、彼女が刀から放つ衝撃波によって、これもあっさりとかき消されてしまっていた。

直径30cmはあるファイアボールを、いともあっさりと…。


「思ってはいたけど、全く通じてないね…」


「そうね」

「じゃあ、次よ!」


「うん!」


ユーリーは再びカヤさんに突撃して行く。

今度は、普通に剣による攻撃。


「今度は連撃ですか」


ユーリーの上下左右から無数に繰り出される連続攻撃も、カヤさんは涼しい顔で防いでいく。


「なるほど…1回の攻撃で2~3発も連続して繰り出せるようになっているのですね」

「これは、素晴らしい成長です」


カヤさんが満足げにユーリーの攻撃を受け続けている隙をついて、私はそれを放った。


「ファイアアロー!」


私の放った魔法がカヤさんに直撃しようかという間際、ユーリーは彼女がいなすために繰り出した攻撃を利用して離脱を果たす。

その直後、私のファイアアローはカヤさんを襲った………のだけれど。


「1,2,3,4,5,6,7………凄い、11本もありました」

「こんな切り札を隠し持っていたなんて、なんという事でしょう」


彼女は目を見開きながら驚いてはいたけれど、自らの繰り出す連続攻撃であっさりと防いでいた。


「しかし残念ながら、私は1回で36連撃出来るのです」


その言葉に、私たちは口をあんぐりとさせる。


「ユーリーは1回で何発撃てるの?」


「さっき繰り出したのが最高だよ…精々3連撃まで……」

「後のことを考えないなら4~5連撃くらいまで可能だけど……」


「二人合わせても、全然足りないじゃない」


「そうだね…困ったね……」


そんなやり取りをしながら今の私たちでは、どんな汚い手を使ったとしてもカヤさんを円の外に出すどころか、一歩すら動かすことは出来そうにないことを悟った。

分かってはいたけど。


「ふふ…意地悪が過ぎましたね」


カヤさんはひとことそう言うと、自ら円の外へと歩み出た。


「というわけで、私の負けですね」


「え!?でも、それはカヤさんが自分から出ただけで…」


「勿論そうですが、不合格でしたら円から出る前に終了と言っています」

「つまり、合格です」


そして、何事も無かったかのように、昼前のお茶会へと突入。


「それにしても、やっぱりカヤさんはお強いですわ」


「一応、冒険者の端くれでしたので」

「お二人も最初に出会った頃と比べたら、遥かに強くなられていますよ」

「今のお二人であれば、ジャイアント・ラビット…は結局一度も退治出来ないままでしたが、もっと上位種を相手にしても全く問題ないでしょう」


「おおっ!」


私とユーリーは顔を見合わせて驚いた。


「そういうわけでして、私の役目も本日で最後となります」


そう言うと、彼女は紅茶のカップをテーブルに置いた。


「それって…ガザンに帰られる…ということですか?」


「はい。元々、使命が終われば帰ってくるように、と言われておりますので」


「残念です…」


「僕も…だけど、こればっかりはしょうがないよ」


その日の夜。

3人で最後の食事を盛大に行い、翌朝、私たちは彼女を見送ったのだった。


「一人いなくなっただけで、随分広く感じるわね」


「だねぇ…慣れるまでに時間かかりそうだね」


「うん…」


二人そう話しながら、カヤさんの部屋(と言っても、ただの物置だけど)に目をやった。

そして、私たちは再び二人っきりの生活が始まったのであった。


「とりあえず、昨日受けた薬草採取をちゃちゃっとやっちゃいましょ」


「そうだね、最後に3人で受けた分だから、報酬を受け取ったら郵便局に寄ってカヤさんの取り分を送ろう」


「そうね」


私たちは何時ものように城の裏手にある丘の上で薬草を採取すると、その日のうちに街へと馬車を走らせ、報酬をカヤさんの住むおばあ様たちの下へと送ったのだった。

ちなみに、アリシアさんはカヤさんが帰られることは既に知っていたらしく、先日のことは黙っていてほしいと言われていたそうだ。

そして、何気ない会話をしながら城に戻ると、何故だか彼女はそこにいた。


「あ…マリアさん、ユーリーさん。お帰りなさい」

「丁度、お食事が出来たところです」


「え!?カヤさん、どうしてここに!?」


「ガザンに帰られたのではないのですか!?」


「はい。帰ったのは帰ったのですが、今度は普通に身の回りをお世話するように、という新たな使命を受けましたので戻ってまいりました」


「それじゃあ、また一緒に居られるんですね」


「はい。ただ、今度からは余程の事がない限り手助けはしないように、と言われてしまいました」

「具体的には『死の危険がある場合のみ』との事でした」


私とユーリーは顔を見合わせて、満面の笑みを浮かべた。

こうして私たち3人での生活は、再び始まったのである。

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