第64話 アリシアの憂鬱

「ふぅ…」


今日のお勤めも滞りなく終了し、最後の冒険者を見送った私は、受付カウンターに備えられている椅子に座ると、両肘をテーブルの上に付けあごを掌の上に乗せた。

そして、だらしなく窓の外を一人眺めながら溜息を吐いたのだった。


マリアちゃんから相談を受けた数日後、依頼を達成し終えた彼女らを出迎えた際には既にプレゼントを渡していたようで、ユーリー君は左手の薬指に能力向上の指輪をはめていた。

その事を彼に指摘したら恥ずかしそうにしながらも、それはもう嬉しそうな笑顔が返って来た。

カヤさんは料理に使う包丁をプレゼントしたようで、その日の夜…つまりユーリー君の誕生日の夜に、それを使って料理するのだと言っていた。

私も何かあげたかったけど、職務上すべての冒険者との関係は対等でなければならず、そういったことは出来ない。

まぁ、食べようとポケットに入れていた飴玉を3個だけあげたのだけど。


「うぅ…私も、ああいう甘酸っぱい事がしたいぃ………」


テーブルにうつ伏せになると、更にだらしなく頬をテーブルの上に付け頬を膨らませた。

お父さんが運営するギルドに入ってからはや17年。

勿論、仕事をするのは好きだし、それを後悔しているわけでもない。

しかし、ある一定の年齢を過ぎると、何故か、女性冒険者から恋の悩みや相談まで受けるようになっていた。


「いえ、私、そういった経験がないもので」


なんて、言う事も出来ずに相談に乗っていると、上手くいった、という話がちらほらと出始め、いつの日にかは私に相談すると上手くいく、というのが女性冒険者の中では常識のようになっていた。


「それなのに、なんで、私には全然そんな話来ないのよぉ………」


駄々っ子のように、テーブルの上に置いた手でバンバンと叩く。

そして、自分がやっていることに恥ずかしくなって、と同時に、ギルドの入口に営業終了の看板を載せるのを忘れていたことに気付いた私は、慌てて立ち上がった。


そして、その時、私は彼との運命の出会いを………なーんてこともなく、営業終了と書かれた看板を入口のドアにかけた。


「ごはんの用意しなくちゃ」

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