第三章

下準備

 いつから、リノはホラー系になったんだろうなぁ。

 三歳の頃のリノも、八歳の頃のリノも、間違いなくただの可愛い天使だったのに……いや、僕が知らなかっただけで実はずっとホラー系だったのかもしれない。

 僕はリノと交わしたまったくもって色っぽい雰囲気ではなかったキスを思い出しながらぼーっと思考を回す。


「……ふぅー。まぁ、そんな話は後だ。とりあえず、今はうまく交渉を取りまとめないとだよな」


「えっ?何の話?」


 僕の独り言に反応し、自分の隣に座っているリノが疑問の声を上げる。


「いや、何でもないよ」


 そんな言葉に対して白々しく首を横に振って誤魔化す僕は自分の座っている椅子へと体を倒す。

 リノに対して行った宣戦布告を終えてすぐ。

 彼女と共に僕は反乱軍並びに己の実の父との争い望むための下準備の為の行動を始めていた。


 反乱軍と戦うのに必要なものは数知れない。

 そのための幾つかを得るため、僕は王都にひしめく多くの商会の中でも有力な商会の一つであるララスト商会の長であるリアステンとの商談の場を設けていた。


「……約束の時間から、かなり遅れているね」


「そうだねぇー。まぁ、そういうこともあるでしょ」


 だが、そんな人物は僕との商談の場において、約束の時間を過ぎてもまだ来ていなかった。


「いやはや……申し訳ありません。ラステラ侯爵閣下。少々会議が長引いて遅れてしまいました……ッ、こ、これはこれはリノナーラ第二王女殿下もおりました」


 そして、約束の時間から遅れること五分。

 ようやくになって商会長が僕の待っていた部屋へと足を踏み入れてくる。


「構わぬとも」


 明らかにリノのことを一目見た瞬間、うろたえ始めた商会長に対して僕は柔和な笑みで返す。


「……り」


 僕は口を開き、文句を言おうとしたリノのことを手で制しながらあくまで柔和な笑みを崩さずに言葉を続ける。


「王都においては強い勢力を持つララスト商会と商談の場をもててこちらも感謝するところだ」


「……」


「双方にとって利益ある身のりある会談の場にしようではないか」


 そして、僕は座った状態のまま商会長に対して手を差し出して握手を求める。


「えぇ、こちらこそ高名なラステラ侯爵家との商談の場をもてたことに深く感謝しているところにございまず。此度はぜひともよろしくお願いします」


 そんな僕の手を腰を低くもって視線がこっちよりも上にならないよう細心の注意をもって握った後、商会長はゆっくりと僕の対面にある席へと腰掛けるのだった。

 

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