決着

 魔導球。

 簡潔に言うとただ膨大な魔力を一つに集めただけのシンプルなもの。

 だが、シンプルであるからこそ純粋に強い。


「……クソったれ」


 今、このクソ狭い空間の中で使える僕の魔法の中で最も威力が高かった魔法。

 

「次は私の番ですね」


 だが、それはそれまで纏っていた美麗なドレスから燃え盛る炎のドレスへと衣装を変えたリノに平然と受け止められた。

 それどころか底なしのはずの沼地の上に平然と立ち、陽剣をその手に握っている。


「……ッ」


 ギアが上がった。

 動きにくいドレスではなく、実質的に何の質量もないような揺らめく炎のドレスを纏うリノの足を引っ張るものなど何もない。


「っぶね」


 地面を蹴っても大した推進力は得られないだろうにいつの間にかリノが僕の背後に立っていた。

 それでも僕はリノが動くよりも


「沈め」


 沼地を今度は海へと変更、沼地から海へと変わった地面へとダイブする。

 空間を捻じ曲げて出現させた海の深さへと潜っていく───少しでも距離を取って、魔法を。


「陽剣」


 だが、そんな僕の目論見は完全にご破算に終わる。


「我が意思に答えよ」


 リノの手に握られている陽剣が振り下ろされると共にあふれ出した炎の津波。

 それが一瞬にして海を蒸発させ、海を潜りながらせっかく再展開した僕の結界も一瞬で破壊してしみせた。


「ははは、マジか……」


 空間を捻じ曲げて無理やりに作った出来損ない───だが、それでも海だぞ!?蒸発させるかよ、普通ッ!?


「あっ」

 

 打ち上げられた魚。

 魔法は解け、手元にある手札もなし、上から振ってくるのは王女様である。


「がっ!?」


 リノの手には既に陽剣はない、その代わりに伸びるのは綺麗な白い腕である。

 彼女の素手が僕の首を掴むと共に、そのまま体を海からただの床に戻ったそれへと叩きつけられる。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!?」


 そして、床へとだらしなく投げ出された僕の両足を完全にリノの両膝が破壊する。


「……ッ」

 

 両足の感覚は一瞬で断たれ、僕はリノに馬乗りにされている状態……完全に負けだね、これは。


「いってぇ」


 僕が激痛に表情を歪めながら全身から力を抜く共にリノも僕の首から手を離す。


「もう、目が覚めましたか?ルノ様」


 そして、リノはだらしなく床に体を倒す僕の上半身をまるで宝物を扱うようにその両手で抱き上げ、そのまま僕の耳元へと愛情に染まった言葉を一つ。

 ここまで、やっておいて、彼女の中にあるのはどこまでも深く、歪んだ愛情であった。


「うなぁ、負けだぁ」


 負けを認めた僕は大人しく自分の体を抱きしめているリノのことを優しく抱き返すのだった。

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