第二章

十歳

 激動。

 今にして思えばまさに激動としか言えない人生を送っていた……特に、三歳なんかはそうだ。

 三歳という若さで自分の領内にいる部下を掌握。

 婚約者であるリノとの出会いに、誘拐されて、そこから逃げ出して。

 本当に大変だった。


「でも、今は気楽なものよなぁ」


 激動の時代だった三歳から、更に時を経て七年。

 そろそろ前世の記憶が薄れてきだした十歳の今日頃ごろ。


「ふぃー」


 僕は自分以外、誰もいない執務室で優雅に紅茶を口へと含む。

 頻繁に僕の元へとリノがやってきたのは八歳までであり、ここ最近はめっきり来なくなってしまった。

 少し、寂しいものもあるが、それでもこれも彼女の成長。

 リノナーラも十歳になり、僕の元から離れて行ったのだろう。


「ふんふんふーん」

 

 十歳となった僕は己が成長しているのか、成長していないのか。

 三歳の時と何も変わらずに日々のラステラ家当主が本来行うべき執務作業を行う日々を送っている。

 僕の成長点は個人的な実力となるだろう。

 実力だけは将来、国を追放されたことも考えても日夜原作知識をフル活用して磨き続けている。


「……ん?」


 僕が鼻歌を歌いながら紅茶と菓子を執務室で嗜んでいたところ、扉がノックされる。


「入っていいよ」


「失礼します」


 僕の言葉を受け、扉を開けて中へと入ってきたのはラステラ家に仕えている文官の男である。


「……何をなさっているのですか?」


「ただの休憩だよ。それで何の用だい?」


 仕事場である執務室でくつろいでいる僕を見て怪訝そうな表情を浮かべた文官の言葉をさらりと受け流した僕は本題を切り出すように促す。


「いえ、お父様が勤めていらっしゃる……隣国との国境部で動きがありましたので、連絡の一報を。移動してもらえますか?」


「……うん、わかったよ」


 そうか、もうそんな時期か。あっという間だったな。


「何処に行けばいい?」


「いつもの会議室の方へとお越しいただければ」


「りょーかい」


 僕は文官の言葉に頷いて席から立ち上がる。


「あぁ……そうでした。ルノ様。本日もお手紙の方がいくつか送られてきますが、如何なさいますか?」


 そして、執務室から出ていこうとした僕を文官が呼び止める。


「ん?適当に捨てておいて?」


「承知いたしました……流石に、領民の方から個人的に送られてくる手紙にまで目を通してはいられませんよね」


「そうだね、申し訳ないけど……ものには限度があるからね。別に暇というわけじゃないし。やっぱり僕がイケメン過ぎるのがダメなのかなぁ?市井からアイドルのような扱いを受けてて困るよぉ」


「冗談をおっしゃるのも大概にしておいてください。それでは処分していただきます」


「うん、構わないよ。本当に重要な手紙だったら僕の個人宛じゃなくて家の方に送ってくるのが筋だしね。僕個人に送ってこられても困るってものよ!なんせ、僕はただの餓鬼だからね!」

 

「そうとも思えませんけどねぇ……どうか、我らが故郷を、この領地をよろしく頼みます」


「なるようにはなるさ。んじゃ、いってくるぅー」


 僕は深々と一礼してくる文官を適当にあしらい、今度こそ執務室から出るのだった。

 

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