愛情
リノナーラ
彼女の周りには常に敵しかいない厳しい条件に置かれており、そのせいでリノナーラは幼少期の頃から傷を負い、世界から色が消えるまでになってしまっていた。
だが、彼女を語る上で忘れてならないのは二つ。
まず、第一にリノナーラは天性の天才性を持っていること。
そして、次に亡くなってしまった少女の母は国王陛下から最も寵愛を受けて美姫であったことだ。
「三歳児とは思えない言動と思考能力」
リノナーラの部屋は誰も寄り付かない聖域である。
亡くなった母の部屋、かつては国王陛下が最も入り浸っていた部屋は誰も寄り付こうとしない場所であり、そこを彼女は流用しているのだ。
「だけど、その性根は楽観的で刹那的。傍から見たら天才だけど、私とは違う。今は神童や麒麟児でもその先はない」
ラステラ家からそんな部屋へと帰ってきた彼女は壁一面中に魔法によって記録、現像されたルノの写真が貼られている。
そんな、ルノの写真に囲まれているリノナーラは一切ハイライトの浮かばない瞳で一心不乱にノートへと何かを書いていく。
書いているのは、自分が持っているルノの情報である。
「親から愛情を受けて育ってであろう良質な自己肯定感と落ち着き。それでも、友人関係も薄く、親との関係も希薄……前世の記憶でも持っている?視野は広く、記憶力は平凡並み。それでも頭の回転と思考能力は高く、時として自分の感情を置いていくほどに回転する。少しばかりの暴走傾向アリ。だけど、落ち着くのも早く致命的な暴走には繋がらない。物や人への愛着が人よりも強く、物を大切に使う。それでも冷徹な部分もあり、一度要らないと判別したものは一瞬で捨てられる。情に脆いが、それでも情によって実際に動かされることはない。教育レベルは高め。計算能力が歪に高く、持っている知識も歪。基礎的な思考回路はおざなり。視力は良く、嗅覚も良い。が、聴覚の方は少しだけ難聴気味。歩き方、所作が洗練されているわけではない。食べ方も平凡。あまり礼儀作法を気にしているようには見えない。金銭感覚は平凡であり、高いものへの躊躇いアリ。それでも一度使うと決め、高額なお金を扱い際には金銭感覚が壊れてしまったかのように一気に使う。良い意味で貴族らしくなく、その価値観は一般人と似たようなものを感じさせる」
リノナーラは一度、その瞳に映したものを忘れることはない。
己の中から消えることのない映像、ルノの姿を見返して、それらからルノの情報をかき集めていく。
「ルノは、ルノは、ルノは」
積み重ねていくルノという少年を、見て感じたことをまとめてまとめてまとめて。その情報を自分の中に染みこませていく。
そこから、彼にとって理想的な自分は何かを考えていく。
「……ぁ」
いつまでも動き続いていたリノナーラの腕がピタリと止まる。
「そっか……別に、飾らなくても良いか」
積み重ねたルノは、彼女の中で一時的に組み上げたルノは、自分が犯罪行為を犯したりしない限りはどのような自分であっても笑顔で受け入れてくれた。
「ふふっ……ルノは、ルノだなぁ」
ルノは転生者であるがゆえに、彼はどこまでも行っても異質である。
彼はリノナーラにまず、光と衝撃を与えた。
その次に精神年齢が高いが故に芽生えた父性により、彼女の知らない両親からの愛を代わりに授けた。
そして、今も己のいない場所でリノナーラへと強いインパクトを与え続けている。
今やリノナーラに植え付けられた幼少期の傷の深さはそのままルノへの歪んだ愛の深さへと変わり、彼女の中にあったどこまでも満たされぬ子としての愛の受け皿はルノによって幸か不幸か少しだけいびつな形で満たされてしまった。
「あぁぁぁ……んんっ、ルノぉ」
リノナーラは自分の目の前に貼られているルノの寝顔の写真を見て、頬を赤く染めながらペロリと舌なめずりする。
既に、幼き怪物は目覚めてしまったのだった。
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