リノナーラ

 数多の利権を巡って政争が日夜繰り広げられ、後宮では国王陛下からの寵愛を欲して幾つもの愛憎が渦巻く。

 そんな王国の中心地。

 リノナーラはそこで王女として生まれた。

 

 そんな彼女であったが、問題だったのは後宮における最大の支援者となる母が死んでしまったことにある。

 子を孕み、産むと言うのは命がけの作業なのだ。

 リノナーラの母は命を懸けて我が子を産んだ……これが市井の話であれば美談の一つとなり、周りの人間が子育てのサポートをしてくれるだろう。


 だが、王宮、ひいては後宮においては別。

 自分の息子、娘たちの障害に成り得る他の王族を蹴落とせるのであれば遠慮なく蹴落としていくのが王宮並びに後宮の世界だ。


「……」


 そんな中で母のいないリノナーラは冷遇された道を進むことになっていく。


「ねぇ、知っているかしら?あの子、一歳にしてもう言葉を発したらしいわよ?」


「あら、やだー、気持ち悪い。しかも、三歳にして聡明さを見せているのでしょう?あの子、悪魔なんじゃないこと?」


「彼女の母も哀れなことねぇ……悪魔の子を孕んだが上に亡くなることになるなんて。可哀想」


 母という最大の支援者を生まれながらに失い、その年齢に似合わない聡明さを持っていたリノナーラは常に道行く大人たちから冷笑され、言われない誹謗中傷を浴びて育つこととなる。


「……私が、何をしたというのですか」


 大人たちは味方にならない。

 そして、同年代の人間もまた同じ。

 リノナーラの聡明さは同学年と比べると規格外の域であり、話が合う人も、友となってくれるものもいなかったのだ。

 常に邪険に扱われ、常に孤立していた。

 そして、自分がどこか適当なところの婚約者として出されるという話を聞いても何の感傷も抱かなかった。

 


『それは攻勢時?防衛時?』



 だからこそ、自分と視線を合わせて言葉を話してくれた自分と同い年に見える少年にリノナーラは生涯忘れることはないだろう衝撃を見た。

 そして、その子が、自分の婚約者となる子である……と。


「……また、私はこうなるのですか」


 そう知ったときには自分の救いであり、運命だと思った。

 しかし、悪魔たるリノナーラに運命の神が微笑むことはないのだ、少なくとも彼女は目の前の現状を前にそう、諦観の意を抱いた。


「にしても、王女の身柄を自由にしていいとは……随分と上も太っ腹なことで」


「後宮とは華やかさから最もかけ離れた地よ、あれくらい。驚くことでもない」


「そうですか……にしても、この餓鬼は美味しくいただいても?」


「壊さない程度であればな。素体はおいおい使うのだ、壊すなよ?……にしても、三歳だぞ?いけるのか?」


「へいへい、そこは飢えたるもので……して?女と一緒にいた男の方は如何するつもりで?」


「適当に流しておけ、あの御方は我らの後援者だ」


 己を連れ去り、全裸の状態で拘束してきた男たちの会話を聞くリノナーラは既に希望を持っていない。

 ただ、自分と共に歩いていたルノのことを思い、懺悔するばかりである。


 

「……んしょ、んっこしゃ」



 そんな彼女の元に一人の少年が近づいてきていたことは、まだ誰も知らなかった。

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