第一章

転生

「……」


 トラックにはねられて死んでしまったかと思いきや、ゲームの世界のキャラとして転生していたという珍状況に陥ってから三年。

 そんな三歳にまで成長した僕はとある晴天の日、己が生まれた家の廊下の中で息を潜めてじっとしていた。


「ルノ様っー!どこにいらっしゃるのですかー!」


 そんな僕のすぐ近くで一人の女性の声が響いてくる。

 だが、それに対して一切の反応を見せない僕はそのまま息を潜めてそのまま静止し続ける。


「どこですかーっ!ルノ様ーッ!……」


 そして、そのまま僕のことを呼ぶ女性の声はどんどん遠ざかっていく。

 

「ふぅー」


 その中で完全に女性の気配がなくなったところでようやく息を吐いて、廊下のカーテンの中に隠れていた僕は姿を表す。


「中世レベルの文明の中で、裕福な貴族家に生まれたことは幸運だけどぉ……色々なしがらみは嫌だよなぁ」


 僕は悪役貴族として悪名を将来的に集めることになるとはいえ、国の中でも上位の貴族として生まれている。

 それは明らかに恵まれている部類ではあるものの、それでも僕は前世の記憶を持つ男なのだ。

 貴族のしがらみはどうしても面倒だと感じてしまう。

そして、面倒だと感じてしまう要因としてはただ前世の記憶を持っているからという訳では無い。


「どうしても将来、壊れることはわかっているからなぁー」


 ルノ・ラステラ。

 それが僕が転生したゲームのキャラであり、悪役貴族の一人。

 将来的には国から追放される運命にある……ということを考えると真面目に貴族として必要な教養を覚えていくのが面倒になってしまうのだ。


「今日も教育係からの逃亡は完了……両親は領内に不在。今日も今日とて自由を謳歌出来そうだ」


 異世界に転生してから三年間。

 基本的に僕は貴族としての子どもとしてうまれながら、その教育からは逃げ逃げて自分の好きなように生きていた。


「今日も適当に図書館へと行こうかな」


 そんな僕が日々をどう過ごしているのか、その時間の大半はこの異世界を、ゲームでは無いこの現実世界について知ることに費やしている。

 この世界をゲームだと舐めてかかって痛い目を見るような主人公は五万と見てきている……物語上でだけど。

 いや、それでも、だからこそ、僕はこの世界を己の生きる現実世界とし、しっかり向き合っていきたいのだ。


「ふんふんふーん」


 それに、そもそもとして学ぶのも楽しいしね……己の好きなゲームの世界、それを知るのは。


「……っとと」


 ということで少しでも己の知識を高めるため、侯爵家に相応しい大きな書庫へとやってきた僕は自分の背丈ではなかなか開けにくい扉を開けてその中へと入る。


「……えっ?」


 だが、そんな僕の入った書庫には一人の先客が存在していた。

 部屋の中に置かれている椅子の上に一人の少女が本を手に取って座っていたのだ。


「……」


「……」

  

 僕は想定外でしかなかった先客の存在にただただあっけに取られて行動を止めてしまう。

 そして、それに対する少女もただこちらの方へと視線を送るばかりで何を考えているのかもイマイチわからない表情を浮かべているばかり。

 そんな僕と少女の視線が互いに合わさって、互いに硬直し続ける。


「ど、何方でしょうか?」

 

 その沈黙の果てに僕はおずおずと口を開いて彼女へと疑問の声投げかける。


「これは失礼致しました。私はウェストン朝ユーレイル王国の第二王女のリノナーラ・ウェストンと申します」


 その少女……いや、正確には幼女と言った方がいいだろう。

 僕と同い年に見える三歳の女の子は自分の疑問に対して、その年齢に見合わぬ行儀と口上で頭を下げてくる。


「なるほどなるほど。これは丁寧にありがとうございます。自分はラステラ侯爵家の……って、えっ?えぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!?リノナーラ・ウェストンんんんんんんんんんんんんん!?」


 リノナーラ・ウェストン。

 ゲームにおけるメインヒロインの一人であり、悪役貴族たる僕の婚約者になる予定の少女たる彼女が告げたその名に僕は驚愕の声を上げる。


「はっ……、え?なんで……?」


 これが、後々僕の将来において良くも悪くも大きな影響を与えてくる彼女との出会いだった。

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