第3話
私は先生の顔を超えて挑むような目で背後を見る。
それが真っ直ぐ私を見据えた。
勝ち誇ったかのように先生に寄り添う、それ。
「──先生の恋人は事故か何かで亡くなったんじゃないですか」
先生の表情が瞬時に凍りついたのがわかった。
誰にも話したことがないのだろう。なぜこんな園芸部の女子生徒が知っているのか不審に思っているのかもしれない。
「なぜそれを……」
先生の目が訝しげに細められる。誰もがする嫌悪の含んだ表情。両親ですらする顔だった。
「気持ち悪いですか? 先生も……」
私の顔が歪んでいたのかもしれない。その辛そうな私の表情を見て先生は弾かれたように、はっとした。私は下を向く。
「ねぇ、先生。私がなぜハブにされてるか、わかりますか──私には見えないものが見えるからですよ。そう幽霊ですよ」
先生が息を飲むのが聞こえた。
──ああ、先生にだけは嫌われたく無かったなぁ。
下を向いていたから先生の表情はわからない。軽蔑しているだろうか。気味が悪いと思われてしまっただろうか。
「そうか、見えるのか幽霊が」
予想だにしなかった言葉が降ってきた。私は目線をあげた。先生の目は驚きはしていたが軽蔑のようなものは無かった。
「信じてくれるんですか」
「嘘なのか」
「いいえ。っと言っても、中途半端に夏だけなんですけどね。お盆時期になると特に見えます。変な霊感ですよね」
夏だけ霊感少女。なんじゃそりゃって思われるだろうが、そうなのだからしょうがない。学校なんて幽霊のたまり場で、知らずに幽霊に話しかけたりすることも多々あった。
以前、それをバカ正直に友達に話してしまい、気味悪がられた。そして嘘つき呼ばわりされた。気がつけば中学ではそれが原因で虐められた。
『──どんな幽霊が見えるのぅ』
『やだぁ、気を引きたいだけでしょう。淋しいのよぅ』
そんな言葉をよく浴びせられた。夏が終わると幽霊は見えなくなるので余計に嘘つきと言われた。
「気持ち悪いですよね」
「……いや、驚いただけだ。もしかして、その
先生はそう聞いてきた。面白くない。
「いますよ。髪の長い、左目の下にホクロがある女の人」
先生の瞳が見開き揺れる。そして唇が小さく震えている。
──そんなに……。
それだけの動作で先生の中で、どれだけ、その女の存在が、まだ、現在形に大切に想っているのかが伺えた。
──なによ。もう死んでるんでしょう。
私は女を睨んだ。
──ねぇ消えてよ。
女が一年のころから先生の背後にいるのは知っていた。あのころは見ないふりをしていた。でもガーデンハウスを知って、先生の優しさに触れて、二年目の夏には悪霊が消えることばかり考えてた。
先生の様子から、もしかしたら元恋人じゃないのかなと思った。だって、その女の人の指には先生の首にあるネックレスの指輪と同じものが嵌められていたから……。
本気で消えて欲しい。私は今年の春に魔除けをプレゼントした。
『先生に渡されたワイルドストロベリーのお礼です。悪いことが起こりませんように』
っと言って、縁切りの神社のお守りや御札も押し付けるようにしてあげた。
消えろ。願って。
しかし、夏になったら消えてないかと期待していたが……。いる。
「そうか、近くにいるのか……」
先生は探るように肩に触れる。女がそこにいるんだと感じて喜んでいるように見えた。私の内からさらに黒い霞が湧き上がるようだった。鋭くもの欲しげな眼差しを私は先生に向ける。
「もしかして、ワイルドストロベリーの育て方を教えてくれたのは、その人ですか」
「……そうだよ。先生の恋人だった。ワイルドストロベリーは明里と先生を結び付けてくれた幸運の花なんだ」
「亡くなっても幸運って言えるんですか」
先生は悲しそうに「そうだな」と言った。自己嫌悪が襲う。嫌な女だ。私はさっと視線をそらす。目頭がなぜか痛い。先生は小さく呟く。
「明里は先生には、勿体な過ぎる人だったよ。美人で、優しい人。それにときどき我が儘で、先生を困らせては、必ず先に謝ってくれた。いつも先生を優先する人だった」
「へぇ、絵に書いたような理想的な人ですね。色んな男に好かれそう」
もうヤダ。なんでこんな酷いことを言ってしまうのだろうか。
皮肉っぽい言葉が止まらない。先生はそれにはどうやら気づいてないようだ。
「あいつはモテたからな。なんで俺を選んでくれたんだろうなぁ。だから不思議な力を信じたのかも、あれがあったから明里と恋人になれた」
「ワイルドストロベリーの奇跡ですか」
「そうだ」
「馬鹿みたいですね」
「確かに……気の持ちようだからな」
そんな大事な
本当は理由なんてわかっている。そうよ。先生は私を
でも私が願ったことは……。
私はもう一度、先生の背後を睨んだ。
──先生の心の中も背後からも、その女の人が消えること。
私は手の平を握りしめ口元を引き結んだ。見据える。
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