第2話
「そう言えばワイルドストロベリーは実ったのか」
「はい。真っ赤な苺が3つ、私の部屋のベランダにひっそりと隠れてます」
「隠れているのか、もっと主張させてやれ、願いが叶わないぞ」
「願いかぁ……先生は、なんでワイルドストロベリーを育ててたんですか」
「最初は先生の妹が育ててたんだがな。あいつは飽きっぽいから結局、先生が世話をする羽目になった」
「ふふ。先生らしいですね。でも、そのワイルドストロベリーは幸せですね。先生なら安心だもの」
「いやいや、先生も花なんて育てたこともなかったから大変だったんだぞ」
ここにいると先生は思いのほか、よく喋る。私がぼっちだからだろうか。
「先生って花のこと知らなかったんですか」
「ああ、枯れかけたワイルドストロベリーをどうしようかと思っていたら、先生が大学生のとき。園芸部のある人に聞いたのがきっかけで、花に詳しくなったんだ」
「へぇ」
私は向日葵に水を与えながら先生の横顔を見る。外はもう夕暮れ。降り注ぐオレンジのシャワーが先生を照らす。
先生の目がとても優しいので、何かを思い出しているようだ。
先生はどこか遠くを見つめ、ほんのりと頬を染めていた。首に付けられたネックレスの指輪が鈍く光った。
そんな顔をさせるのはその指輪の人のせいだろうか。
先生はすぐに真顔に戻り、ふいにこちらを向くと、真っ直ぐ私を見つめてきた。ドキリとした。なんだか私の方が、そわそわして頬を少し染めてしまう。
「相澤、学校は好きか」
何を期待してしまったのか、これは説教だと悟り瞬時に熱が引く。私は先生の目線から逸らした。
「好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いです」
「相澤、人は群れるものだ」
「そうですね。くだらないですけどねぇ」
先生の言わんとしてことに気がつく。
「そう言うな。集団行動で同じことをしていれば安心するって気持ちもわかるだろう」
「わかりません」
「うっ……。そうか。しかしだなぁ、まぁ、集団行動で違った行いをすれば反感を買うこともあるだろう」
「あるあるですね」
「人付き合いは難しいな、だがな、みんなに合わせるってことは駄目だとも先生は思ってない」
「そうですね。個性を殺して生きていく、人種もいますもんね」
「そう捻くれた物の言い方をしてくれるな、先生は個人の個性ってのも尊重すべきではあると思うんだ」
「……先生、何が言いたいのですか」
私は嫌な表情を浮かべる。先生は至って真剣だった。
「相澤にワイルドストロベリーをあげた理由だ。殻に引きこもらずに小さな幸せでいいから見つけてほしい」
──だからワイルドストロベリーに願い、クラスに馴染める努力をしろと……。
予想通りの回答に私は少しだけ拗ねてやった。
「小さな幸せですか? 例えば500円玉を拾ったとか。いつもは買えない焼きそばパンが買えたとかですか」
「小さすぎる。もっと贅沢な願いだ」
「木曜日だと思ってたら金曜日で、明日は休みでラッキーとか」
先生は「相澤」と言いながら明らかに肩を落とした。
ふんだ。先生の魂胆はわかっている。でも言ってやらない。
クラスに馴染めるようになんて思ってもいないのだから。少しだけ困らせたい気持ちもあった。
先生は小さくため息をつき立ち上がると、しょうがない奴だと言いたそうな顔で私の頭を撫でた。
「まぁいい。ゆっくり馴染みなさい」
「……」
もしかして私が態とはぐらかしているのを悟ったのだろうか。
だけど……。
どうしてこんな扱いをするのかと優しい手の温もりを感じながら、泣きたい気持ちになる。
胸が痛い。私の目線には、ちょうど先生の首にあるネックレスの指輪がチラつく。
とても大事そうなネックレスの指輪。襟元に見え隠れしている。嫌な気持ちが渦を巻く。黒く。粘る。この感情。
ああ、ホントに──先生。どうしたらそのネックレスを外すようになりますか。
ぐっと言いたいのに言葉を飲み込んだ。
先生の瞳に移るのは私じゃ駄目なんだろうか。
意を決して私は聞いた。
「先生って恋人いますよね」
「なんだ急に……さて、どうなんだろうな」
先生は無意識に首のあたりを掻いた。
いないとは否定はしない。いるとも肯定しない。いた……が、正解なのだろう。
先生は服越しに首元の指輪を握る。腹が立つ。先生の中ではまだ終わってないのだ。
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