ワイルドストロベリーに願いを
甘月鈴音
第1話
「先生はワイルドストロベリーの噂を信じてるんですか」
「そうだな」
今年の春に園芸部の顧問の先生から手の平サイズの苺を受け取った。
イネ科のハーブで白い花を咲かせ、小さな赤い実が育つ。幸運を招くストロベリーと言われ、その花は恋愛成就させると風説され
「恋は実ったんですか」
「さてな……どうなんだろうなぁ」
曖昧にはぐらかされモヤっとする。
ふいに先生の首もとがキラリと光った。
しゃがんだ拍子に襟元からネックレスがこぼれ、可愛らしい女物の指輪が顔を出す。婚約指輪だろうか。
ペンタスの花を手入する先生に目を走らせながら、そのピンクダイヤの指輪を見る。ツキンと胸が痛んだ。
先生との出会いは去年の春。っと言っても、国語の先生だったので顔だけは知っていた。無愛想で無口、淡々と授業を進める黒縁メガネの冴えない男。
いつもニコリともせず、話しかけても余計なことは言わず、クラスのムードメーカーが面白いことを発言しても動じない。あだ名は鉄仮面。
正直、存在が薄すぎて一年間の記憶はない。その男がまさか、ガーデンハウスで花を育てているなど想像も出来るはずもなかった。
先生が育てているのは季節の花や野菜。
それらは小さな花壇とプランターで栽培していた。
春ならチューリップやラナンキュラスなどの色とりどりの花か咲き誇り、野菜はプチトマトやきゅうりを作っていた。
ガーデンハウスは校舎の後ろにひっそりと佇ずんでいて、その昔、高校のOBたちによる寄付で作られたらしいガラス張りの温室だった。
そのころは園芸部は盛んでコンテストでは金賞を取っていたらしいが、時代と共に
ここは私のオアシスだった。私はクラスでハブにされていたから。
嘘つき。根暗。気味が悪い。
クスクスと笑う中傷を浴びせられ、私は学校に行きたくなかった。中退しようかと親に相談したけれど、決まって馬鹿なことを言わないのと否定され、嫌々学校に来ていた。
教室に居たくなくて、枯れた気持ちで抜け出し、ガーデンハウスを見つけた。
授業中だったが、暇をつぶすのに丁度良かった。
そこは私の心を静かに溶かしてくれたのだ。
花の甘い香りが泣きたくなるほど落ち着かせる。
赤や青や黄色の花はひっそりと咲き誇り、まるで元気をだせよっと訴えているように思えた。
こんな綺麗な花たちを誰が世話しているんだろうか。
しばらく花を眺める。帰り際に私はガーデンハウスの出入り口で先生に会った。
何を思ってなのか、お茶に誘われ、自家製のハーブティーに自家製の苺ジャムでクラッカーに乗せて食べさせられた。
とても美味しかった。無口で鉄仮面の男と言われているけれど、決して優しくないわけではない。
何も聞かないでくれたことが嬉しい。こうして一緒にいることがどれだけ救われたか。
──そして今、9月が終わろうとしている。夏の花から、そろそろ秋の花に変わろうとしていた。先生は変わらず側にいてくれた。
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