第2話


「瀬戸口弘志は嘘をついていたのか……」


 報告書を見ながら渡辺が呟いた。


「まあ、よくある話じゃないんですかね」


 岩井は渡辺の隣に座り椅子にもたれ掛かると両手を頭の上で組んでいた。


「そうか?」


「そりゃあそうですよ。後輩に自分の情けない姿は見せたくないですからね。ましてや学生時代にうんとかわいがっていた後輩でしょ。久しぶりに会って何も知らない後輩にわざわざ離婚したことや借金におわれていることなんて話しませんよ」


「うむ……」


 報告書によると川越充が言っていた話とは違い瀬戸口弘志は一年前に離婚していた。


 さらに三年前に起業した会社は倒産し莫大な借金をかかえていたのだ。


「ナベさんは何が気になっているんですか?」


 岩井が渡辺の顔を覗き込んだ。


「何もかもだ」


「えっ、何もかもって」


「たとえ酒に酔っていたとしても衝動的に大好きだった先輩を殺せるか?」


「だから川越が言っていたように十年も経っていたら先輩も変わってたんじゃないですか? 自慢話ばかりする嫌なやつに」


「人っていうのはそんなに変わるものじゃないだろう。そもそも川越は大学まで追いかけるほど慕っていたんだぞ」


「そうですけど、だからこそ久しぶりに会って変わってしまった瀬戸口に幻滅したってのが強かったのかもしれませんよ」


「……うーん」


 渡辺は自分もかつて憧れていた先輩のことを思い出していた。


 刑事になったばかりの自分に捜査のノウハウを一から教えてくれた当時の警部補だ。


 彼の丁寧な捜査と犯人や被害者の立場になって物事を考える姿に渡辺は憧れずっとその背中を追いかけていた。


 『いいか渡辺、刑事の勘っていうものを侮ってはいかんぞ。ほんの少しでも違和感を感じたら徹底的に調べるんだ。誰に何を言われようと自分が納得いくまでな』


 何度も聞かされていたセリフ。


 もっとよく調べろ、もっとよく考えろと何度言われてきたことか。


 もう彼はこの世にはいないが渡辺の目にはとどきそうでとどかない彼の背中を常に想い描いていた。


「岩井、行くぞ」


 渡辺は報告書を手にデスクから立ち上がった。


「マジっすか」


「瀬戸口弘志がどういう人間だったかが知りたいんだ。学生時代から最近までの交友関係をあたるぞ」


「まっ、そうくると思って一応連絡先は入手しておきましたけどね」


 岩井は立ち上がりながら得意気な顔をして渡辺に笑いかけた。


「ほう、わかってるじゃねえか」


「うっす」


 渡辺が一瞬嬉しそうな顔をしたのを見て岩井は楽しそうにその背中を追いかけた。





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