とどかぬ背中
クロノヒョウ
第1話
「ナベさん、どうしました?」
「……うーん」
捜査一課の刑事である岩井が声をかけたのはデスクで眉間にシワを寄せているナベさんこと渡辺警部だった。
先日ひとりの男が出頭してきた。
清潔感のあるさわやかなサラリーマン風の男。
男は手を震わせ真っ青な顔で自分は人を殺しましたと言った。
夜十一時、たまたま居合わせた渡辺と岩井がその男から話を聞いた。
渡辺はすぐにその瀬戸口という男の自宅に捜査班を向かわせた。
川越充の供述通り自宅のベッドに横になって血を流している瀬戸口が発見された。
凶器の包丁もベッドの脇のチェストに置かれていた。
「なるほど、確かに瀬戸口弘志は胸を刺されているようです。これを川越さん、あなたが殺ったと言うのですね?」
「はい」
スマホに送られてきた現場の写真を見た渡辺が取調室で川越に確認した。
「何があったのか話していただけますか」
目の前の川越はテーブルの一点を見つめていた。
「……瀬戸口さんとは高校の時に出会いました」
川越は無表情のまま深く息を吸い込むとゆっくりと話し始めた。
「部活の先輩だった瀬戸口さんは俺のことをよくかわいがってくれました。明るくて優しくて頭もよくて……何でも出来る尊敬する先輩でした」
ドアの前に立っていた岩井も渡辺の隣に椅子を持ってきて腰かけた。
「俺は、そんな尊敬する先輩の背中をいつも追いかけていました。大学も同じところを受けて常に先輩のそばにいました。さすがに職場までとはいきませんが社会人になってからも頻繁に会ってお互いに近況報告したり朝まで飲み歩いたり。ただ、先輩が結婚してからは会う機会もだんだん減って、いつの間にか連絡すらしなくなりました」
「……まあ、よくありますよね」
「うむ。それで?」
「それで……偶然、再会したんです。最初は懐かしくて嬉しくて。何度か飲みにも行きましたが……先輩は変わっていました。俺に話すことといえば自慢話ばかり。もううんざりして」
「殺した?」
「洗面所を借りた時に見つけたんです。睡眠薬を。これ以上自慢話を聞きたくなかった。ただ黙ってくれと思ってワインの中にそれを入れました。先輩が気分が悪いと言い出したのでベッドまで運んで寝かせました。それからは……自分でもよくわかりません。先輩の寝顔を見ているとだんだん腹が立ってきて。また呼び出されて話を聞かされるのかと思うと……」
渡辺は川越のこの供述を元に瀬戸口弘志と川越充の過去を部下に調べさせていた。
そして数日後、その報告書を読んで眉間にシワを寄せている時に岩井に声をかけられたのであった。
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