鴬塚小夜③

 ある日小夜は遠方で開催された感染症関連の学会に泊りがけで参加し、感染対策室長の顔を立てるべく夜の懇親会、要するに飲み会に参加した。そこには全国から集められた感染対策に関わる医療従事者が、アルコールに乗じて持論を展開していた。

≪集団で飲み会しておいて、感染対策が聞いて飽きれるわ。≫

と冷淡にグラスを傾けていた小夜ではあったが、杯が進むにつれ饒舌になってきた。気が付けば小夜は若手の看護師たちに囲まれ、羨望のまなざしを向けられつつ、グラスに酒を満たされていた。いつの間にか小夜の独演会と化していたテーブルに、一人現実感のないほどのイケメンがいた。すらりとした長身で、その肌はファンデーションに塗り固められた周りの女の子よりも白く透き通って見えた。若白髪というがほぼ銀髪のサラサラヘアー、そして究極のイケボイス。まるでVRのアバターが現実に現れたような風姿に小夜は目を見張った。普段から現実世界での男性との会話が苦手であった小夜であったが、この現実とは思えないほどのイケメンぶりとアルコールによる助力でさらに弁がヒートアップしていった。


 参加者が一人減り、二人減り、空が白み始めたころには小夜の前には超絶イケメンだけが一人残されていた。加代子は明るく言った。

「うん、楽しかったよ。君、見込ある。働く場所は違っても心は一つ、ともに頑張ろう。」

 小夜はこれを締めの言葉にしたつもりだったが、彼は違った。

「申し遅れました。私は〇×病院勤務三年目看護師、湯本ゆもとたけしと申します。」

 小夜は自分が名乗っておきながら、この長時間討論を重ねた彼の名前を知らなかったことに苦笑した。湯本は続けた。

「ぼくのメンターになってください。」

 看護業界でメンターといえば、新人たちを指導し助言する上司とは別の相談相手のことだ。

「違う病院で働く君のメンターにはなれないよ。」

 すると美しいとしか形容しようがない瞳で小夜を捉え、そして生ものの人間が発したとは思えないそのイケボイスで語った。

「人生の導師メンターになってください。僕を一生導いてください。お願いします。僕を生涯傍に置いてください。」

≪これって、なに?≫

≪・・・・・・。初対面なのにプロポーズ的な?≫

 三十路を前にして突然始まった人生初のロマンスに小夜は狼狽した。現実世界とは思い難いこの展開に小娘のような胸の高鳴りを感じる小夜であった。身長の違いを矯正するために腰を折り曲げながら右手を差し出すイケメン湯本君、その輝かんばかりにきらめく瞳にはそのきらめきとは無縁な自分、小夜が映し出されている。その瞳に映る自分を見て、小夜は冷静さを取り戻すことができた。

≪私はVRのSAYOじゃない、小夜だった。≫

 追いすがろうとする湯本を後に踵を返した小夜は足早に朝を迎えた街へと消えていった。

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