第2話 ミチザネ、採石場で戦う②
「……こっちは、大丈夫だ。さっさと指輪を探せ」
「はっ、余裕ぶってんじゃねえぞノッポ」
全裸の山賊は笑いながら何度も切りつける。
「自分で言った通り、剣の腕はちっともだなあ、ヘニャチンが!」
気迫とともに繰り出された一撃を防ぎきれず、ミチザネは右腕を深く切りつけられる。
「ぐぬ……はぁ!」
黒髪の男の破れかぶれな一閃を、髭面は冷静に距離を取って躱す。
次で決める。山賊の頭の目はそう言っていた。
「……ふっ」
ミチザネは剣を持っていない左手で腕の傷を確かめると、指先で血をぬぐった。指を山賊に見せつけるように突き出す。
「そうとも、私は剣に通じていない。貴様の目の前にいる男は、歴戦の魔術師だからな」
指先から血が滴り、床の木板に当たって小さくはじけた。
「ところで、酸を使うんだったな? 私の枷を溶かすほどだ、さぞ強力なんだろう」
「あ?」
髭面が聞き返したときには、異変は起こっていた。
山賊の持つ剣がグズグズと溶け始める。質素な柄頭も、手の中にある柄も順に溶けていった。そしてそれを持つ手も。
「うわぁぁあぁぁああ! 手が、手がぁ!」
素っ裸の山賊はしりもちをつくと、大声を上げながら後ずさった。小屋の扉にぶつかると、肩で体当たりをするようにして扉を開け、外に転がりでた。ナイラが目を丸くしてミチザネを見る。
「な、何したの?」
「少し強く暗示をかけてやっただけだ。指輪は?」
「ほら。村長の言ったとおり、双子バラの意匠だよ」
少女は紫の小袋から銀色の指輪を取り出す。ミチザネはうなづき、指輪を戻した袋を受け取ると扉に向かった。
ベッドで寝ている裸の女がゆっくりと覚醒する。
「うぅん……? あ、あんたたちは……」
「寝ていろ」
その額をミチザネが人差し指と中指で軽く押すと、女は再び目を閉じ、ベッドに突っ伏した。
二人が立ち去り、扉が閉じると同時に、小屋を照らしていたロウソクの火が消えた。
再び暗い採石場に出たが、ミチザネの目はすぐに順応する。
先ほどまで砂利の上を転がり回っていたであろう山賊の頭が片膝をついて二人を見ていた。
暗示が切れたな。ミチザネが思うのとほぼ同時に、裸のお頭が立ち上がる。
「よくも好き放題やってくれたな。クソどもが、俺たちの根城から無事に出られると思うなよ」
山賊はそう言うと、胸一杯に大きく息を吸い込んだ。
「てめえら! いつまで寝ていやがるんだ! 敵がいるんだ、とっとと俺の元へ来い!!」
採石場に響きわたる大声に思わずナイラは耳をふさいだ。
「魔法使ってないのにすごい声」
あちこちで篝火に灯りがともり、山賊たちが続々と集まってきた。
「バカどもが、グースカ寝やがって。へっ、それで魔術師殿、この落とし前はどうしてくれようか」
「頭、女だ、女がいる」
「うるせえ!」
髭面は部下を怒鳴りとばした後また二人に向き直った。
「へへっ、確かに娘っこの方はなかなか美人だな。男の方はなます切りにした後首を村に送り届けてやるとして、女は俺のマバリをぶち込んで一通り楽しんだら部下にくれてやるか」
お頭の思わぬサービル精神に部下たちが下卑た笑いを上げる。すでに下半身を出してしごいている者までいた。
ナイラは髭面の男の下半身を見て改めて眉をひそめた。
「だからミミズでしょ、それ」
「な、にぃい!?」
部下の前でナニをバカにされた怒りで男の顔は赤黒くなる。しかし、山賊に囲まれ、そのお頭が激怒しているにも関わらず、侵入者の二人は余裕の態度を崩さなかった。ミチザネにいたっては腰の剣を抜こうともしていない。
「さて」
二十人の山賊を前に黒髪の魔術師は言った。
「ここにいる中に、なぜこの採石場が放棄されたかを知っている者はいるかな」
答えはない。
髭面の頭が焦れて攻撃の号令を出す直前、ミチザネが再度口を開く。
「鼻をきかせて、あたりの空気を嗅いでみろ。普段嗅がない香りを感じられるはずだ。一つは焦がしたソバの実のニオイ。そしてもう一つは、紫キキョウの花のニオイだ。これら二つは……グリフォンの大好物だ」
巨大な生き物が羽ばたく音が、山賊たちの背後から聞こえてきた。それは恐ろしい足音とともに採石場に着陸した。翼の動きにあわせて砂埃が巻き上がる。
鷲の上半身と翼に獅子の下半身を持つ怪物、グリフォンが鋭いクチバシを開き、聞くものを震撼させる鳴き声を上げた。
四つ足で立ってなお、高さは二メートルを優に超える。光沢のある白と茶の羽毛が、山賊たちの持つたいまつに照らされ様々な陰影を見せた。巨大な獣特有のニオイが辺りに満ちる。
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