最凶怨霊は復讐がしたい  ~ミチザネの異世界冒険譚~

春風トンブクトゥ

第1話 ミチザネ、採石場で戦う①

 二つの月が青い光を大地に投げかける。露天掘りされた広い採石場は今はもう使われておらず、辺り一帯を縄張りとする山賊たちの根城となっていた。


 夜闇に紛れる人影が二つ。赤髪を編み込んだ少女と、その後ろで身をかがめ油断なく周囲に目を配る黒髪の男。彼は腰に細身の長剣を吊るしている。


「ナイラ、時間が勝負だ。こうも広いところでは眠り花の魔法もその効果を十全に発揮できない。素早く、静かに、目的のものを手に入れる」


「夕鳴きマバリのように何度も同じことを繰り返さなくても分かってるってば、ミチザネ。それに、起きてるやつは一人もいないよ。マナの動きでわかる」


「当然だ。私の魔法は完璧だからな」


 材木を雑に組んだだけの粗末な足場の下に、藁を敷いて山賊が二人寝ている。ひどいいびきに眉をしかめながらナイラがミチザネを振り返る。


『とどめを刺す?』


 声を出さず口を動かすだけの問いに男は首を横に振る。


『放っておけ』 


 生き物はニオイに敏感だ。特に血のニオイには。魔法で寝ているとは言え、無駄に彼らの警戒心を試す必要はない。


 ナイラはキョロキョロと周囲を見渡しながらミチザネを先導する。途中二度、鳴子につながったロープのトラップがあったが、彼女の手に握られた大降りのナイフで危なげなく解除される。


 二人は採石場の壁面にある掘っ建て小屋の前に立った。


「ここ?」


「ああ、おそらくな……鍵がかかってる。ナイラ」


「はいな」


 少女は自身の赤髪からピッキングツールを取り出すと、膝をついて鍵を開けにかかった。月明かりに少女の髪が美しく揺れる。彼女が立ち上がったので、ミチザネは前に出て戸をゆっくりと開けた。


 ひどいニオイに黒髪の男は眉をひそめた。汗、腐敗し始めた食べ物、洗っていない体、そして男女の性交のニオイ。壁に開けられた窓から月明かりが差し込み、部屋の中を見渡すことが出来た。


 木で枠を囲うようにして作られた雑なベッドでいびきをかいている大柄な男、おそらくあれが山賊の頭だろう。横で裸のまま寝ている女は山賊のメンバーか娼婦か、あるいは奴隷か。


 テーブルの上のロウソクを指さして呪文を唱えると火がともった。

 土足で何度も踏みつけられ傷だらけの床に、脱ぎ捨てられた服や食べカスなどが散らかっている。小屋の隅に目当てのモノを見つけた。


「ナイラ、あの物入れチェストだ。開けられるか?」


「……」 


 少女は大きな木箱を丹念に調べたあとに首を振った。


「魔法の罠がかけられてる。時間をかければ解除できるかもしれないけど、朝までかかるかも。それよりかは……」


 ナイラはあごで山賊の頭を示した。


「…………おい、起きろ」


 何度か髭面の頬を軽く叩くと頭が眠そうな目をゆっくりと開けた。


「……ん、うぉ。ああん? なんだお前ら……ぃい?」


 その目の前にミチザネは剣を突きつけた。


「私はあまり剣の使い方が上手くない。大声を出したらうっかり刺してしまうかもしれん。そこの女を起こしても同様だ。理解してもらえたかな?」


 髭面がゆっくりとうなづく。


「よし、頼みたいことはごく簡単だ。チェストの鍵を開けてもらいたい。それさえしてもらえたら、我々は速やかにここから立ち去ろう」


 山賊の頭はミチザネをにらみながら立ち上がった。


「手が……」


 乾燥した太い木の根が男の両手に巻き付き拘束していた。


「臆病なものでね。拘束させてもらった。おっと、ほどこうなどと考えない方がいい。その枷はひどく頑丈だ。貴様が手力男命たじからおのみことでもない限り、自力で破るのは不可能だろう」


「タジカラ?」

「……なんでもない。さっさとかかれ」


「クソ、せめて服くらい着させやがれ。……なんだぁ、女がいるじゃねえか。ほーらお嬢ちゃん、おじさんの大きなマバリだよー」


 男がにやけ面を見せながらナイラに向かって腰を振る。少女は山賊の陰部を一瞥すると鼻で笑った。


「マバリ? ミミズの間違いでしょ?」

「なにぃ!? ガキが」


「おい」男のむき出しの背中をミチザネは剣で軽く突いた。「遊んでないでさっさとやれ」


「痛てて、分かってるって。でもよぉ兄ちゃん」


 髭面のお頭は肩越しにミチザネを振り返った。


「この箱には酸の魔法がかけられている。あんまり急がせると手元が狂って中身が全部酸でオジャンになっちまうかもなあ」


 ミチザネは一時黙ったが、やがて口を開いた。


「貴様らが周囲の村から脅して巻き上げた宝がその箱に納められている。私が探している魔法に係る品も、どうやらそこにあるらしい。もしも中の物品に酸をかけるというのならば、それは私の目的そのものに牙を向くのと同義。そして私はそう言った輩を決して許さない。ただ殺すだけではない。あの男に味わわせる苦痛の万分の一でもその身に刻んでから殺し、首を屋敷の前にさらすと誓おう」


 黒髪の男の目には暗い火が宿り、剣を握る指は力を込めすぎるあまり白くなっている。この男は、狂っている。山賊はつばを飲み込んだ。


「い、言ってみただけだ。今開ける」


 枷で拘束された両手を物入れの上にかざし、もごもごと呪文を唱える。


「開いたみたい」


 お頭が時間を稼ごうとでっちあげの続きの呪文をぶつぶつしゃべっていると、ナイラが横から言った。


「へ、へえ。その通りでさあ」


 男は髭面に愛想笑いを浮かべると邪魔にならないよう横に動いた。赤髪の少女がものの数秒で開錠し、チェストのふたを開ける。


「げ……」


 中身は奪ってきた財宝……と、下着などの私物がごちゃごちゃに入れられていた。


「汚いなあもう。ミチザネ、どれが探している品?」

「指輪だ。見せてみろ」


 物入れをのぞき込む。


「奥の方にあるのか? 服を出してくれ」

「うぇぇ、このパンツとかちゃんと洗ってんの?」


 ナイラが文句を言いながら服をつまんで捨てる。

 二人の注意が完全に箱の中に向けられているその隙を突いて、髭面の頭は二人に背を向け呪文を唱えた。


「我は攪拌し、泡立ち、すべてを溶かす」


 その声が耳に入るや、ミチザネは振り向きざま、無言で裸の背中に切りかかった。

 だが、彼の一撃は髭面の頭が持つ剣によって受け止められた。山賊は素早く一歩引くと、剣を正眼に構える。


「酸で枷を溶かしたのか」


 ミチザネが相手の手首を見て言った。男のむき出しの腕にも酸が跳ねて、シューシューと音を立てている。


「こんなもん痛かねえ! てめえみたいなトッポイ野郎に好きにされるよかよっぽどマシだ!」


 賊はつばを吐いてそう言うと、ミチザネに襲いかかる。


「ミチザネ!?」


 ナイラが余裕を失った顔で男の様子をうかがう。ミチザネはすんでのところで剣を防いだ。

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