第29話 女神さま、お仕置きですよ。ゆるされませんよ……

 例のクソ女神さんは、茶の間でせんべいをぱくついていた。

 おれの隣には、同時に帰還したギドがいる。


「女神さま戻りました」

「おかえりなさい、ギド。はじめての冒険はどうでしたか──って、げええええ!」


 ルーリエが、もってたせんべいを放り出して隣にいるおれを指さした。


「マ、マハ? なんでふたりが一緒に?」


 クエッションマークを何個も頭に浮かべていそうな、形容しがたい表情を浮かべる。

 額には汗。目が完全に泳いでいた。

 そうだ、もっと慄くがいい! この野郎、いままでよくも散々……。


 おれは思いっきり低い声を出して迫る。


「よお、女神……よくも騙してくれたな……」


 ギドも、軽蔑するようにルーリエを見る。


「女神さま……嘘はいけませんよ、嘘は」

「う、ううう、仕方なかった、仕方なかったのよ!」

「おうおう言い訳があるならしゃべってもらおうか?」


 完全に上から見下すおれである。

 当たり前、散々ふり回しやがって!

 ぎろっと、いままで最も凶悪になったであろう表情で睨んでやった。


「ひ、ひぃぃ!」


 十二単を引きずりながら逃げようとする女神。もはや威厳や神秘などあったものではない。


「ギドぉぉぉ……あなたなら、あなたならわかってもらえますよね?」

「僕はですね」


 ギドは、近づいてきた女神ルーリエを、軽蔑するように見た。

 微笑んではいるけど、否定的に感じられるな。

 いいぞ、もっと追い込め。

 この女神、まだすがるような気配をおまえに出してるぜ。


「マハを支持します」

「そんにゃあああああああ!」


 よしっ、とどめが入った。

 荒れ狂う猫のような叫び声がなんとも情けないな。

 着物を振り回して乱舞しているようにも見える。


「あはっ、あはははっ。もうどーにでもなーれ!」

「どーにでもなーれ、じゃねえよ。聞けや」


 おれは、ルーリエの額に軽く手刀を入れる。


「痛い! 違うの! わたしも早く続編を作らなきゃいけなかったの! わかってよ!」


 他人の事情をうまく汲んでやるのは、おれの信条にも通じる。

 だがこいつは、おれたちを騙して、過酷な冒険に放り込んだのだ。

 女神という立場を利用して楽をしたかっただけである。

 断罪ものだ。

 まあ苦しくもあり楽しくもあったが。

 それでもゆるすまじ。


「わかって……もらえないわよね……あはは。わたしの作戦……失敗しちゃった……」

「……」「……」


 男ふたりから汚物を見るような視線をあびせられる気分はいかがなものか?

 無残なり。


「そんな目で、見ないで……お願い……」


 姿勢よく座り込んだと思ったら、土下座されてしまった。

 そろそろ許すか、とおれはもはやこの場の相方といえる男に視線を送る。

 すると相方のギドはそれに応えてくれた。


「マハから話があるそうです」

「ほえ?」

「ルーリエ」

「は、はい!」

「ここに記憶の欠片を集めた記憶の珠がある。こいつでゲーム内のキャラクター……サシャを保全してくれ」

「って言われてもねえ……物語の一部に組み込まれちゃっているから、うーん……」

「生存チャートだけに確定するよう取り計らってくれればいい」

「それなら……なんとか」

「よかった」

「でも物語の面白さはかなり下がるわよ?」

「なんでだ?」

「序盤で、こんな女の子が死んじゃうなんて、残酷な世界だって思わせるための娘だもの」

「……それにおれはまんまと感情移入されられちまったってわけか」

「そ、ちょろいわねえ……」


 そんなやり取りをしていた間、黙っていたギドが待ったをかけた。


「マハは根っからの勇者なんですよ、おれには真似できません」

「褒められてんのか、けなされてんのか、釈然としねえ……」

「ま、なんにせよサシャのことはわかったわ」

「よろしく頼む」


 おれが答えた。


「あなたたちはまだ冒険を続けるんでしょう? 記憶を取り戻すまで戻れないんだから」

「おう」「そうですね」

「ここからは過酷よ、あなたたちふたりが競い合って世界を変えようとするんだから」

「うっ、そっか」「まあ気づいてはいました」

「じゃあ頑張ってね……って何かしら? ねえ、まだなにかあるの? ねえ!」


 ずい。

 ずずい。

 おれとギドがルーリエに近づき、彼女を四つん這いの姿勢にさせて、ロックした。上半身をギドが押さえ、お尻を、おれが…………。


 ばっちん! ばっちん! べっちん! べっちん!

 ばちこーん!


「いったーい!」


 事の黒幕を思いっきりひっぱたいてやった。

 つまんねー作品を次に出したら殺す、と思わんばかりの勢いで。


「えぐっ、えぐぐっ、痛いよぉ……もうお嫁にいけないよお……」


 この女神、結婚願望があったのか……。

 つかまされる男はたまったもんじゃないな。


「さて、やることもやったし、リアルタイムアタックに戻るか、ギド」

「おっと、僕がきたからにはそうタイムが出るとは思わないことですよ、マハ」

「え、なんで?」

「きみの戦いぶりからするに、真魔王チャートは不慣れでしょうから」

「う、そっか!」


 おれは通常の魔王チャートカテゴリーが専門だ。

 より難易度が高く、シビアな操作を要求される真魔王チャートには手を出していない。通常の魔王チャートを卒業してから真魔王チャートに挑むことが推奨されている。なぜなら真魔王がめちゃくちゃ強いから。そして不毛な結果、つまり全滅してリセットに陥りやすいから。


「そういやカテゴリーってなんとなく使っちまってるけど、どういう意味だっけ?」

「僕らのなかでは規約という意味が強いのではないですかね。正確には、範疇、なのですが」

「そっか、あんがと」

「いえいえ、ふふふ……腕が鳴りますよ」


 不敵に笑うギド。

 容赦はしてくれそうもない。


 彼の信条らしいなりきりプレイに則って、極悪なステータスかつ戦闘、さらに進行をするのだろう。魔物から人間を守る勇者のチャートと、人間を殺戮して勇者を抹殺するチャート……ふたつが同時に行われるのだ。〝勇者〟としてのマハと、〝真魔王〟のギドが正面きって戦うことになる。ゲーム内で規定されたキャラクターが相手ならともかく、相手は同じ現実世界人。互いの行動が妨害行為になることは容易に想像できる。


 おれは生唾を飲んで、握りこぶしを作る。

 自分を鼓舞するためだ。


「の、望むところだぜ……」


 強がってみたもののタイムに影響がでることは間違いなし。

 しかもお互いにクリア報酬が同一のものであり、競争しなければならないという、まさしくリアルタイムアタックでの張り合い。ひとりで黙々とタイムを縮めていたのとはわけが違う。多人数を意識してアタックすることが求められるのだ。


 先は長いが燃えてきた。燃えるってもんだぜ!


「負けねえぞ!」

「ああ、僕のほうこそね」

「……もう好きにしなさいよ」


 女神がなにやらほざいた気がするが無視。

 よっしゃ!

 さあ、規約に従いつつ楽しくリアルタイムアタック再開だ!

 気合い入れるぜ!


「行こうぜギド、どっちが何度も死んでやり直しても恨みっこなしだぜ」

「ふふふ、無事に最終決戦の僕までたどり着けるよう期待していますよ」


 真魔王チャートは勇者が敗れ復活して覚醒し、最終決戦を行うという、まさに魔王チャートの逆ストーリーだ。期待しているということは、ギドはおれに最後まで勝ち抜いてくることを望んでいるに違いない。

 真魔王チャート的には、最終的に真魔王が勝つことでハッピーエンドを迎えるのだが、ギドはおれ、つまりラスボスとなる勇者として阻んでみろ、と言っているのだろう。もちろんだが、真魔王がプレイヤーとして動いている間、勇者は規定の進行をする。しかし、そんなもの乗り越えてこい、とでも言わんばかりである。


 まったく、お互いの記憶がかかっているというのに、ほんとRTA馬鹿だぜ。まあ、おれも大概だが。

 だって、実際にゲーム内の世界に入り込んでのRTAなんてほんと夢みてえだし!

 あ、夢なんだったか。

 危ない危ない、もう忘れかけているじゃねえか。


「どうしましたか、マハ?」

「い、いや。なんでもねーよギド」


 ふたりは、へたり込んだ女神を脅して、危険だが誘惑に満ちている世界へと、再び潜入していったのだった。

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