第28話 本当に悪い奴は意外と近くにいるのかもしれない

 もはや大部屋の原型を留めていない場所で、ふたりのまれびとが互いを傷つけあう。


 見ている者は誰もいなく、ただ煌々と輝く大きな月が不気味だった。

 夜半になっても戦いは終わる気配を見せない。


「楽しいねえ」

「あ? どこがだ」


 両者ともに、びっしょりと汗を掻いている。

 神経戦を続けてきた結果、当然だった。


「こうして夢のなかで戦い合うの、さ!」

「とりあえず同意はしてお、く!」


 舌戦も交える。

 互いにシステムを理解しきった者だ。もはや攻撃を食らうのも滅多になくなってきた。

 ゲーム内だけに疲れは精神にくるのだ。


「きみは僕のなにが気に入らないんだい?」

「…………」

「魔物のために戦う僕は、物語的に間違っているのかな? 記憶を取り戻すのにも必要なんだけど」

「……一理ある」


 いや、一理どころではない。

 彼の言っていることは根幹を揺るがす問題だ。


 整理しよう。

 おれたちは現在、事故に巻き込まれて記憶喪失になっている。

 記憶は封じられて、ゲーム内の各地に散らばっているから、回収するのが主目的。

 回収していく過程で、ゲーム内のキャラクターも記憶を持っていることを知った。そいつがどうやら現実世界にきているらしい。


 ここまではいい。


「ルーリエから聞いたぞ。あんた、全記憶の完全掌握を狙ってるそうじゃねえか」

「そりゃあそうでしょう」

「あん? どういう意味だ?」

「だってすべての記憶を取り戻さないと、僕らは目覚められないんだよ?」


 当然じゃないか、という顔で語るギド。

 なるほど……。


「わかった」

「なにが?」

「ぜんぶ、なにもかも、あのクソ女神が悪いってこと」

「クソかどうかはわからないけど、同意だねえ……彼女に振り回されているのが僕らだし」

「あんた、ロールプレイを楽しんでる感じだったけど、割と常識人なんだな」

「魔王くんには悪いことをしたと思ってるけど、あそこで殺さないと僕はきみと戦えないからねえ……」

「なあ……」

「なんだい?」

「おれたちもゲームに振り回されてたのかね」

「いや、ゲームじゃなくて女神さまにだね!」


 先ほどまで殺し合いを演じていたのに、おれはギドと意気投合してしまっていた。


 なんと言うことはなかった。

 ルーリエのやつが思わせぶりなことをほざくから、勘違いしていただけだったのである。

 ぶっちゃけ恥ずかしい。


「ギド、相談がある」

「ようやく名前で呼んでくれたね。なんだい?」

「おれは、物語っていう運命に翻弄される女の子を助けてあげたいんだ」

「ほう、ストーリー上のかい?」

「ああ、戦線都市ビシャルゴで逢う娘の……サシャだ」

「そういえば生きていたり死んでいたりする複雑な位置にいるキャラクターだったね」

「そうだ、おれはあいつを悪夢から解き放ってやりたい……死ぬ夢を見るんだぜ?」

「それは結構なことだとは思うけれど……僕に出来ることと言えばこれくらいかなあ?」


 ギドは手早く操作し、なにかを目の前に作り出した。

 彼が実体化させたアイテムは、システムに規定されていないものだった。


「その青紫に輝く水晶は、記憶の欠片?」

「きみも持ってるんだね」

「あ、いや……おれのはこれ」


 おれの持つ記憶の欠片に比べれば、彼の持つそれは塊と言えるものだった。

 それだけの大きさがあればどれだけの記憶が保存できるのだろう。


「これ、大きいんだけど、肝心の核になる部分が欠けてるんだ……」

「まさか……」

「そう」

「はめてみよう」


 おれは記憶の塊に欠片を近づけた。すると2つは合致し、新たなるアイテムとして具現した。


「これがほんとの記憶の塊……」

「あげるよ」

「は?」

「だからこれあげるって。僕はまだこの世界を楽しみ尽くしていないからね」

「おれに逃げ帰れと?」


 ギドは、はははと頬をつり上げて笑った。


「そうは言わないよ。きみの目的はさっき聞かせてもらったからね。必要でしょ」

「たぶん……これだけでかい記憶の保存アイテムがあれば、サシャを助けられるかも」

「かも?」

「じゃない、助ける」

「そう、それでこそ勇者だ」

「やめろよ、同郷の前だとこっぱずかしいだろ」

「ははは、じゃあそろそろ決着をつけようか、今回はきみが終わらせたほうが早いだろう」

「おれにおまえを殺せと?」

「今回のリアルタイムアタックはこれでおしまいさ。そもそも時間がかかりすぎだよ」

「わかった。礼はまた今度に会ったら、な!」


 こうして真魔王ギドは絶命した。

 と言っても彼は蘇ることが確定しているのだが。


 さて、と。

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