第27話 血潮は熱く、身体は冷たく……

 回復薬で手早く体力を回復し、真魔王に挑もうとした時、なんと魔王から忠告が入った。


「悪いことは言わない。撤退したほうがいい……」

「なぜ?」

「あの方はすべてを見通す能力を持っている。そんな相手に勝てる道理はない」

「……もしかして、先ほどの戦闘も真魔王からの助言か?」

「そうだ、もし勇者がこのような行動をしてきたらこう対処せよ、などと聞かされたわ」

「…………」


 なんとも迷惑な話だ。

 ゲーム内の知識に精通するリアルタイムアタッカーをほんとの意味で敵に回すと、これほど厄介なこともないのか……。


「おそらくおまえの戦術もすべて読まれるだろう」

「それでも……行くのさ」

「なぜ?」

「きっとおれにしか倒せないからだろうさ」

「ふっ、おまえはどこまでも勇者なのだな」

「かもしれねえ」


 死闘を終えた宿敵同士は、ふふふと笑いあった。


「最後にひとつだけ教えてほしい?」

「なんだ?」

「なぜそこまで苦しい思いをしてまで人間に尽くせるのだ?」

「あんたの部下に四獣将の親玉がいただろう?」

「ああ死んだと聞いたが」


 生きているんだが、まあいいか。


「それがどうかしたのか?」

「そいつな、……人間との共存を望んでいたらしいぞ」

「なんとも……大それたことを考えるやつよ」

「でもありだろ?」

「ああ、悪くはないかもしれない」


 何周も繰り返しているうちに魔王の性格がすこし変わったような気がした。

 とその時だった。


「! 避けろ!」

「!」


 一瞬、なにが起ったのかわからなかった。

 グリフォンの腹に大穴が空いている。

 どぷり、と嫌な音を立てて、黒ずんだ赤が噴き出した。


「真魔王さま……」


 真魔王と呼ばれたのは華美な装飾の服装をまとった人間だった。人間の男に見えた。


「いけない……いけないよ、グリフォンくん……」

「い、いったい、なぜ……」

「勇者なんかと仲良くするなんて、僕は絶対に認めないよ。断罪させてもらう」


 グリフォンが最後の力を振り絞るように、近くまで寄っていた勇者に語りかける。


「真魔王さまを頼みます」


 そう言うと、合成獣の王は動かぬ屍となった……。


「…………」


 言葉が出ない。

 ふつふつと怒りが湧いてくる。


「さ、やろうか。勇者くん?」

「てめえだけは許さねえ」


 どっ!

 石造りの床が削れるほどの勢いで、おれは床を蹴ってやつに向かって突進したのだった。


 * * *


 武器は、先ほどグリフォンと戦った時の物が残っている。

 右手には疾風をまとった長剣。

 左手には電撃をまとった小剣。


 攻撃と見せかけて反撃を成功させてやる、とおれは意気込んだ。

 グランドブレイカー上級反撃技次元斬り(128)を仕掛ける。この技は攻撃モーションが《笹舟斬り》(72)とほとんど同様のため区別がつかない。下から片方の剣を斬り上げ、上体が持ち上がったところで時間差の剣が振り下ろされるというものだ。笹舟斬りは弧を描く剣の通り道が、笹舟のように設計されている。モーションも短めだし技後の硬直もほとんどない。使い勝手がよく重宝される技だ。

 いわば次元斬りは笹舟斬りのいいところを凝縮し、さらに高めた反則に近い技なのだ。

 魔物でこれに対処できるものは、まずいない。


 真魔王はにこりと笑って待ち構えている。

 先ほどグリフォンの腹を穿ったのは岩石系の魔法だろう。

 ならば、上級魔法は網羅していると見ていいはず。


 遠距離戦に持ち込まれる前に接敵してごちゃごちゃにかき乱してやる。

 そうおれは考えた。

 ところが真魔王は、その場から動かず、おれの次元斬りを受けた。確かな手応え。


 が……。


「がっはっ!」


 喀血したのはおれのほうだった。


 なにが起ったのかわからない。

 とりあえずわかっていることは、いま現在、床にぶっ倒れている事実だけ。

 首だけ何とか動かしてやつを見る。

 真魔王はほがらかに笑い続けている。


「名前くらい名乗り合ってから戦おうよ。僕の名はギド。まあ、知ってのとおり真の魔王さ。きみも女神ルーリエから記憶を取り戻したければ何度でも降りたって拾ってこいとか言われてるんだろう?」

「ああ……やっぱりあのクソ女神が黒幕か」

「きみの名前は?」

「マハでやってる」


 こんなやり取りどうでもいいのだが、回復の時間が稼げるので助かっている。

 と、同時にいったいさっきなぜおれが斬られたのかを考えた。


「マハねえ……ずいぶんと大仰な名前をつけたね」

「そうか?」

「魔を破る者でマハだろう?」

「マッハを縮めてマハにしただけだ、この野郎」

「へえ、速さ由来の名前なあたり、きみもリアルタイムアタックをやるのかい?」

「マイナーだよな」

「どマイナーだよね! そもそも後発組みが有利すぎるのがいけないんだよ」

「先発組みが発掘したチャートを確認しながらタイムを縮められるからな」

「わかってるねえ! まさかゲーム内でロールプレイをやらされて談義ができるとはね!」

「ロールプレイだと?」

「ん、そうでしょ?」

「あんた……周回は何度目だ?」

「二周目だね。といっても適当に望遠魔法で状況を眺めていただけなんだけど、なかなか楽しかったよ」

「この世界の住人とは交流を持っていないのか?」

「んー……ほぼないな。魔王にちょっと助言したくらい。でも裏切るなんてひどいよね!」

「それで殺したのか」

「きみも知ってるはずだけど、真魔王は登場時に魔王を完全に殺すでしょうが」


 平然と、さも当たり前のように話すギド。


 この世界のキャラクターにもおれたちと同じように記憶があって、眠っている間は現実世界で活動していることを伝えるべきか。

 いや、無駄だろう……この男は、この世界を愛してはいないのだ。ただテレビゲームを舞台にしたリアリティのある遊びとしか考えていない。そんなやつと話し合ってどうにかなるとは思えない。

 なにより、悪神とも言うべきルーリエは、どちらかといえばギド寄りだ。だから何度もおれの要求を呑まずに、否定し続けてきたに違いない。


 おれはすべてを救いたい。救えないものは最小限にしたい。傲慢だろうが、意思は固いのだ。


 傷は癒えた。


「お、傷が治ったみたいだね」

「待ってたのかよ」

「一撃で決まっちゃったら面白くないじゃん。それに外から見るゲームと同じように、致命傷を受けたら動けなくなるのか確かめたかったしね」


 したたかなやつだ、と思った。

 優位に立っていても油断しやしない。

 常に先の情報を更新し続ける強さがある。


 リアルタイムアタッカーとしての実力は間違いなくあちらが上。

 でもこの世界で過ごしてきた時間はこちらのほうが長いはず。

 彼ら彼女らと築いてきた記憶の積み重ねが負けるとは思わない。


「さっき起ったことわかってなさそうだから、解説してあげようか?」

「そりゃ、サービス精神が旺盛でうれしいね」

「うんうん、攻撃態勢だったけど、どうせ反撃で返そうとしてくるのはわかってたからねえ。こちらも反撃技にキャパシティをほとんど振っておいたんだよ」

「反撃の反撃技か……使われると反則にもほどがあるな」

「あんなに威力がでるとは思わなかったけどね」


 おれは膝を抱えて立ち上がる。


「ぬおっ!」

「おっ、まだやる?」

「当たり前だ。まだはじまってもいねえよ」

「開始早々に死にかけたのによく言うねえ」


 そうして、大技を互いに封じられた両者は、小さなダメージを蓄積させていく戦いへと変更を余儀なくされたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る