第26話 負けられない理由ができたからには勝つしかない

 常夜の森。


 神聖な水の湧き出る小さな池の前に立つ。


 問題はここだ、と直感が告げている。

 すなわち第三クラスチェンジ。


 真魔王の性能がゲームの仕様どおりとは思えない。なぜならやつもまたこの世界に転生してきており、おれと同じように現実世界のリアルタイムアタックをしているのだろうから。おれとは逆に、どれだけ早く人間を滅亡させようかと画策している点が気になる。


 そういえばあったのだ。

 真魔王まで倒しきると解禁される、魔物側のプレイが。

 基本システムは同じだが、物語の目的が勇者による魔王の討伐から、魔王による勇者の討伐に切り替わる。

 あちらにも別の女神がついているとも考えていいだろう。

 いや……ひょっとすると、ルーリエのやつが両方に関わっている可能性すらある。

 なにしろあいつの目的は面白いゲームの参考が見られればいい、というものだからだ。

 怪しい。

 そもそも信じちゃいなかったが、ルーリエはほんとに怪しい。

 あいつこそ真のラスボスなのではないかとすら思えてくる。


「……正攻法だ」


 おれは閃いた。

 相手が搦め手の連続でくるのなら、正攻法を突き詰めて倒しきる。これしかない。


 池の精霊に告げる。


「《グランドブレイカー》で頼む」

「グランドブレイカー……すべてを打ち砕く者、自らの身も滅ぼしかねない危険の道」

「そうだ」

「ほんとうによろしいですか?」


 さすがに迷ったがおれは断固として続けた。


「ああ、頼む」


 全身が紫色の泡に包まれる。クラスチェンジが終わった証拠だ。

 ほんとによかったのだろうか。

 迷わないわけではないが、この先で迷っていたら間違いなく殺される。


 おれはグランドブレイカーにクラスチェンジをして、魔王城へと侵入していったのだった。


 * * *


 魔王城は魔物であふれていた。

 四獣将とまともにやりあった際に発生するチャートだ。


 ブラックフェンサーの上位互換である剣技や体術で近接系の魔物を蹴散らす。

 同じく強化されたマジシャン系の基礎魔法を組み合わせて、遠距離系や妨害系の魔物を撃退する。


 はっきり言って、この辺は雑魚と言っていい。

 もうアクションキャパシティのシステムに慣れきって、そして勇者になりきれるおれには、すこしばかりぬるいくらいだ。


 だが油断してはならない。

 魔王戦、真魔王戦までに体力を温存しておく必要がある。

 魔王級の連戦というのは、バトルバランスの仕様上、最も凶悪なのだから。


 * * *


 そしていよいよ魔王との四度目の戦いに挑む。


 速攻で片付ける!

 このゲームで最大の即効性と破壊力を持つ、電撃の魔法でまずは攻め立てる。電撃の魔法は的までの到達時間がとても早く、かつ行動阻害の補助効果を発揮する。こんなものがほいほい撃てるはずはないので、オフェンス・キャパシティは単発発動が基本だ。とてもではないが、他の魔法と組み合わせるキャパシティに余裕はない。


 おれの現在の戦闘力はこんな感じだ。

【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆レベル36です◆

・アクションキャパシティ値は324です

・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)

・新アビリティ習得可能(省略、自己参照のこと)



 おれは、第一形態の魔王に対して電撃の上級魔法ビリンビ(150)を放つ。

 グリフォンは必死に避けようとしたが足先に被弾し、膝をついた。

 ブレイクか? と思いきやいままでとは反応が違った。


「ふふふ……おまえは俺の機動力を奪い、徹底的に攻撃しようとしているようだが、甘い」

「!」


 不吉な物を感じ取って、おれは距離を取った。

 途端、黒い稲妻が地面をほとばしった。


「くっ、聞いてねえぞ!」


 そんな攻撃があるなんて、おれは知らない。いや、魔王側の侵略チャートをやらなかったせいで窮地に立たされているんだ。

 これは魔王侵略側のチャート知識がなければ、苦戦は必至か。ひとつのチャートだけを追いかけて、他のチャートの持つ面白さや可能性を無視していたおれのミスだ。


「真魔王さまは俺におっしゃったよ……無知は罪。知らぬほうが一方的に蹂躙されるのは世の常なり、とな」


 真魔王は残酷そのもののようだ。

 いや、魔物を蹂躙しているという意味では人間側も同じかもしれないが。

 ただし、共感は出来ない。

 四獣将の親分のように人間との共存を望んでいる魔物だっているんだ。

 なにが正解かはわからない。


 倒す。まずは魔王を倒す。おれは思考を切り替える。


「斬り崩す!」

「望むところよ!」


 おれは、両手に岩石の魔法で作った長剣と、氷結の魔法で作った短剣に、疾風の魔法ピュウと、電撃の魔法ビリリを付加した。岩石の剣は衝突の度に細かい粒子を飛ばし、氷の短剣は、電撃の通過を補助して阻害効果を高める。


 魔王の近接攻撃もすこしパターンが変わっていた。

 爪による乱舞攻撃と、二の腕を突き出して突進してくる暴れスタイル。システムで保護されているとはいえ、攻撃にも割きたいアクションキャパシティには惜しい。防御に失敗すれば、即死もあり得る勢いだ。


 さてどうするか、と考えるまでもない。

 すべてを捌きすべてをたたき込むのみだ!


「ぬう!」

「小剣を甘く見ていただろう?」


 均衡が崩れたのは、小剣が突き刺さってからだった。

 グリフォンの動きが時折びくん、と跳ねたように止まる。

 電撃による麻痺効果だ。

 戦闘はなにも派手な攻撃をぶち込むだけではないのだ。


「ぐぬっ、こんな貧相な小剣など!」

「甘い、甘い。どこまでもあめえよ。なんのために氷結の魔法を使ったと思ってんだ」

「なんだと?」

「氷は砕ける。砕ければ小さな刃となる。その刃が傷を作り続け電撃を流し続けるんだよ」

「ぐおおおお!」


 グリフォンは第二形態に変化した。

 飛行形態だ。


 シャドウウォーカー……影法師をクラスとしていれば余裕の相手だが、魔王部屋を縦横無尽に駆け回り、縦横斜めから天蓋まで破壊して移動の範囲を広めたグリフォンは、まさに魔王の風格だ。

 初見では絶対に倒せないと謳われていたのも頷ける性能。

 ここからは総合力の勝負だ。


 グリフォンが助走距離を取り、突進攻撃のモーションに入る。盾で押さえ込みたいのだが、素早すぎてディフェンス・アクションの追撃が通らないことが多々ある。そこで対抗策となるのが。


「《ヘヴィー・クロスブロック》(92)だ!」


 左右の腕から伸びる剣を交差させ、十字の防御態勢を作る。グランドブレイカーをはじめ、数々の上級剣技クラスが習得する基本にして重要な技。


 がりがりがり!

 絨毯などすでにぼろきれになった石造りの廊下に轍が刻まれる。


 さらに、中級の防御魔法を多重展開。


「《アスタリスクシールド》(60)の重ねがけ!」


 眼前に岩石と氷塊の大きな盾が出現し、攻撃をはね除ける。

 がりがりがり!

 ばきん! ばきん ばきんっ!


「耐えろ、耐えてくれ!」

「これを食らって耐える者など、真魔王さまを除いて他におらぬわ!」


 重ねがけをしたものの、シールド系の魔法は応用力が試されるのであって、純粋なぶつかり合いでは分が悪い。どんどん削られていき、突進の勢いを止めたところで粉々に砕け散った。


 手から伸びる十字剣が望みの綱だ。突進を止めたとはいえ、そこからさらなる攻撃が連続して繰り出される。

 爪による苛烈な振り下ろし攻撃が繰り出され、敵の連続技が検知される。十字剣との衝突で激しい衝撃が発生し、もともとボロボロになっていた広間がさらに荒れた。調度品の残骸や、石畳の残骸。砕かれた岩石や氷塊が散らばっている。


 果たして。

 ぶしゅうううう……。

 あまりの衝撃と熱量に、蒸気が発生している。


「耐えたぜ?」

「……」

「なんとか言ったらどうだ?」

「……ふっ、俺の負け、だ」


 周回してきたなかで最強の魔王はこうして膝をついた。

 しかし生きている。

 彼もまた現実世界と記憶を繋げている者だと思った。

 できれば殺したくない……思いは聞き届けられたが、しかし正直に言えば手加減などできるような余裕はなかった。

 真魔王とやらの強さを想像すると、恐怖で身震いしてしまった。

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