第22話 優しさを世界から感じられたのなら、何度でも立ち上がれるのだよ

 ――二周目。


 いままで散々チャート、チャートと言ってきたが、要するにゲーム攻略の道順だ。

 そのチャートが前回とは異なった。

 戦線都市ビシャルゴに、都市長の娘サシャの姿が見当たらなかった。

 都市長の話によると、言うことを聞かずに前線に飛び出してゆき、魔物の群れに襲われて、対処しきれず、援軍も間に合わず帰らぬ人となったらしい。


 おれは彼女と約束した。

 忘れていたのをついさっき……彼女が死んでいることを知ったときに思い出した。やはり、おれにとってここは、夢の世界らしい。ちょっとの時間ですぐに大切なことを忘れてしまう。目が覚めれば消えてしまうこともある。

 冒険が終わったら話を聞かせに戻ってくる、と。


 チャートは違えどキャラクターの生き死にが変わるなんて、ストーリーの根幹を揺るがしかねないし、ファンたちの逆鱗に触れるかもしれない。

 それを……。


「やりやがった……」


 おれは途方に暮れた。

 知ってはいたはずなのだ。戦線都市ビシャルゴ都市長の娘が死亡しているチャートを。

 しかし、現実として捉えてはこなかった。

 こんなにも心をえぐられる感覚を味わわされるなんて。

 ゲームの世界で涙は出ないだろう、と思っていたら出てしまった。


 自分で考えていた以上に、おれはこの世界の住人であり、住人たちに寄り添っていたのだ。そういうことなのだろう。悲しいし、寂しい。ある意味で彼女はおれが殺してしまったのかもしれない。そんな思考が脳裏にちらついて、まともに冒険ができなかった。

 強敵との無茶なレベリングがたたり、二周目は物語の中盤であっさりと雑魚モンスターとの戦闘で死亡してしまった。


 もう自分というキャラクターを動かす気にもなれない。

 この瞬間に、もうひとりの自分であるマハは死んだのだ。


 テレビゲームは自分を没入させやすいとかなんとか言われ、そうかもな、程度に考えていたおれの価値観が破壊された。



【ルーリエアラート! ルーリエアラート!】

 ◆操作の停止から一定時間が経過しています◆

 ◆リセットして戻りますか? YES/NO◆



「YESだ」


 おれは女神のいる空間に、今度は負け犬として戻った。

 そう、おれは自分のことしか考えず世界を荒らし回った末に死んだ負け犬だ。

 順調に回収できている現代日本の記憶が、そのことをより明確に認識させてくる。

 余計に……。

 奥歯をぎりっと噛みしめた。


「悔しい」


 記憶をすべて回収できたら、すべてを意のままに操作できるだろうか。

 そんな自分勝手なことを考えて、また思考の渦に葛藤させられる。

 うつむいていたおれにルーリエが近づいてくる。


「どうかしたの?」

「どうかしたもこうしたもねえ!」


 おれは怒号を浴びせてしまった。


「あ、いや、すまねえ……ゲーム内でちょっとな……」

「当ててあげましょっか?」

「なに?」

「感情移入しすぎちゃって困ってるんでしょ?」

「な、ななな、なんでそれを!」

「わたしが今までにどれだけこの仕事で苦労したと思っているのよ」

「そっか、おれの他にもいたんだな! 同じような事故でやってきたやつが! そいつは?」

「ちょっと、落ち着きなさい」

「ひょっとしてそいつは解決できたのか? どうなんだ!」

「落ち着きなさいって……言って、るでしょう!」


 ぶばっ。

 ずしりと重い着物の胸ぐらをつかんでいたおれだったが、強引にはがされた。

 ついつい、と謝罪の意思をこめて頭を軽く下げた。


「2つに1つよ」

「と言うと?」

「ひとつめ、ゲーム内のことはきれいさっぱり忘れて現実世界に戻る」

「もうひとつは?」


 おれは食い気味に聞いた。


「現実世界のことをきれいさっぱり忘れてゲーム内の住人として生きる」

「なんじゃそりゃ!」

「その場合はわたしがしっかり調整してあげるからありがたく思いなさい」

「思うわけねえだろ!」


 すべてを忘れてゲーム内の世界で生きる……?

 あり得ない。

 親父に母さんに兄妹だっているんだ。

 心配していないはずがない。


「あ、これどうでもいいことなんだけど、ゲーム内の住人は眠っている間なんだけどね」

「…………」

「夢を見ているのよ」

「…………」

「あなたたち現実世界のね。当然だけれど記憶も持っているわ」

「ん、なんか言ったか?」

「いいえ、たいしたことじゃないから」


 とにかく、だ。

 現実世界のおれは交通事故に遭って、意識不明で生死の境をさまよっていると想像している。

 そのおれを自分で殺せと?


「まだ聞いてなかったんだが、現実世界のおれはいまどうなってるんだ?」

「病院の緊急治療室で眠っているわ」

「もし現実世界に戻ったらどうなる?」

「もちろん目覚めるわよ?」

「よし、じゃあ戻らなかったらどうなる?」

「残念だけれど死んじゃうわね。死んでいずれ人々の記憶から忘れ去られていくわ」


 目を細めて残忍そうに女神は笑う。


「なったらなったでいまと変わらないこともないけれどね」

「なに?」

「ここで……夢の世界でのほほんと過ごすこともできるけど?」

「……牛の糞にでも祈りを捧げていたほうがマシだな、くそったれが」


 怒りで身が震えると同時に。

 おれは、あごに手を触れて思案した。

 ほんとになにも残されていないのか?

 なにか裏技的なものがあってもいいんじゃないか?

 例えば……。


「両方の記憶を維持することはできないのか?」

「無理ね」


 女神は頭を左右に振って、不可を告げてくる。


「夢って見ているときは鮮明に感じるのに、目覚めるとすぐ忘れちゃうでしょ?」

「あ、ああ。言われてみればそうだな……」


 いったいなぜなのだろう。

 すごく鮮明な夢を見ていたと思っていたら、醒めると忘れてしまう。


 自分で言うのもなんだが、おれは直情馬鹿の類いなので、頭のできがよろしくない。

 なので調べてもわからないので諦めている。

 知っているやつから聞くのが一番だ。

 その知っているやつが、あくまでも優美に口を開く。

 女神ルーリエである。


「あれはここだけじゃない、無限に広がる夢の世界すべてを記憶するなんて無理だからなの」

「夢の世界ってそんなにあるのか」

「あったり前でしょ! ジャンルに寄らず、ありとあらゆる夢に記憶と繋がる可能性があるんだから!」

「大変なんだな」


 すごいんだな、とは言えなかった。

 自分も渦中にいるのに、見て見ぬ振りをしようとしている言葉のような気がして。


「大変なのよ、わかったら選びなさい」

「いや、おれはまだ諦めねえ。諦めたくねえ。なにか手があると思うんだ」


 ある、とすがりたい。

 だが女神は否定する。

 それでも……あきらめない。


「ないわよ。そんなに気になるのなら何周でもクリアすればいいんじゃないの」

「そうする」

「こっちは情報収集がはかどって助かる限りだけれどね」

「そりゃよかったな」

「じゃあ行ってらっしゃい、無様なリアルタイムアタッカーさん」

「行ってくる」


 憎まれ口を叩かれながらも、おれは眼下に広がる大地に、また降り立った。

 さいわいにも世界は何度でもおれを受け入れてくれる。いわば、包容力が満ちているように感じられたのだった。

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