第23話 折れそうな心も、諦めない意思があればなんとかなるものさ

 ――三周目。


 気づいたことがひとつある。

 現実の記憶が曖昧になってきている。


 夢は覚めちまうと途端に忘れていく。

 女神のところにいる間、おれにとってゲーム内の世界は、夢を見ていたということになるのだろう。何度も夢を見ているせいで、また何度も世界に散らばる記憶を拾っていかなきゃならなくなる。ちびちびと忘れていくから。

 やっていることはリアルタイムアタックの周回と同じだ。


「黙ってやがったな、あんにゃろう」


 扇子で口を隠しながら笑う女神の姿が目に浮かぶわ。

 でもひょっとしたら、それすらもおれが忘れているだけなのかもしれない。

 いったいなにを信じてどう進めばいいのかわからなくなる。


 * * *


 おれは検証をはじめた。


 ゲーム内がリセットされた際に、キャラクターたちの記憶はどうなっているのか?

 以前のやり取りを覚えているのか、それとも忘れてしまい、別のキャラクターになってしまうのか。


 二周目の戦線都市ビシャルゴで、都市長との会話の際。

 前線を支えてくれないか、と頼まれたことを思い出す。

 こちらは魔王を倒すことが第一目標。魔物の討伐は一般の兵士が役に就くはず。

 そこをなんとかと懇願してきたのには、娘を亡くした失意が裏にあったのだと思う。


 それを覚えているのかどうかを聞きただす。

 今回も娘のサシャは死亡しているチャートに入ったらしく、屋敷に姿はなかった。

 来賓室の椅子に座って、相対する都市長に、おれは尋ねる。


「死んだはずの娘さんが生きている夢を見ることはありませんか?」

「あ、あります! ありますとも! 不思議なことに!」


 脈あり。

 さて、有力な情報は得られるか……。

 得られると信じて、おれの拳は無意識に握られていた。

 都市長はそれに気づいた様子はなく、しんみりと語り出す。


「なぜかは思い出せないのですが、勇者どのと戦っておるのです」

「そうですか、他には? 性格が異なるとか」

「いえ、性格も同じでおてんばそのものでして……なにか知っておられるのですか?」

「はい、娘さんを蘇らせる方法を……正確には探っている最中です」

「おお……」


 都市長はまるで神に祈るかのように、両肘をつき両手を握りしめた。

 唇がかすかに震えている。

 目と目が合って、おれは気まずさに視線を逸らしてしまった。

 そう。

 まだ単なる仮説に過ぎないのだ。


 それに、この世界で娘さん、サシャを蘇らせることは不可能だ。

 すでにチャートというリアルタイムアタックおよび物語の一部に確定されてしまっている。

 生きた彼女に会えるとすれば、また周回を重ねなければならない。

 でも……〝同じサシャ〟と呼べるのだろうか……。

 別世界に再誕した別のキャラクターとして産まれていることも考えられる。


「娘は、蘇るのですか?」


 瞳を潤ませる都市長が聞いてきた。

 もしも記憶が同名のキャラクターで共有されているのなら、可能性はある。

 だが、現状では手立てがない。

 さっさと切り上げて女神に聞くくらいくらいしかない。

 が、記憶の収集を怠って、おれが自分を見失っては本末転倒だ。

 事は慎重に、かつ大胆に進める。


「最善を尽くします」


 おれが毅然として答えると、都市長は悲しそうに微笑んだ。

 現段階でサシャを蘇らせることはできないと察せられてしまったようだ。それでも。


「感謝いたします、勇者どの」


 礼を言われて、おれは熱が入った。

 なんでそんなにひとりの少女に関わるのかって?

 ただ、単純にリアルタイムアタックを繰り返して遊んでいればいいんじゃないかって?

 いまはそれじゃ自分に合わねえって悟っちまったんだ……。



 たったひとりの女の子も救えずに勇者なんて名乗れるわけがない。



 これがおれを突き動かす動機だ。

 自分の記憶が戻らないことは怖い。

 だが、自分の在り方から逃げるのはもっと怖い。

 現実世界でのおれは単なる……そうだ〝高校生〟だった。

 でもゲーム内では世界を救う〝勇者〟でなければいけないんだ。

 そう考えると、力が湧いてくる。

 責任感とか、だいそれたものだと考えたことはない。

 おれにとっては、ごく普通の、当たり前の、身勝手でわがままで自己中心的な理由だ。

 だからこそ押し通す。

 おれが納得のいく結末を迎えるまで貫き通すと決めたんだ。


 * * *


 魔王城、三度目。

 宿敵からやはり妙な反応があった。


「勇者よ、おまえの考えはお見通しだ……」

「なに?」


 不意の言葉におれは反応した。


「くっく……俺の影を移動し、死角を取ろうと考えているようだが、そうはいかぬわ!」

「!」


 ば、ばかな、読まれている!

 あり得ない。

 たとえ魔王とはいえ、規定された行動を飛び出すようなことはないと思っていた。

 だが、目の前で起ったことに対して、他に説明がつかない。

 記憶はやはりどこかと共有されている?

 それとも更新されているのか?

 わからない……。


 影潜水による特殊移動のみが生命線のシャドウウォーカーでは魔王を倒しきれない。おれはこの世界に来て二度目の敗北を体験した。

 全滅した際は女神ルーリエの加護ということで、勇者の場合は死亡せずに出立させられた城の近くにある、石版のならぶ儀式の森で復活することができる。現実世界で、ゲームをプレイしていたときはなにも感じなかったが、いまは違う。

 おれは、恐ろしい。

 死ぬのが恐ろしい。


 死に近い体験とはいえ、ただ単に倒されるだけである勇者は特権階級だ。

 対して一般の人々はそうならず、普通に苦痛を伴って死ぬのである。

 ゲーム内のキャラクターは現実世界と同じ人間で、夢を見ているのかもしれない。


 ……自分の死ぬ夢というものを、おれは見たことがある。

 内容は思い出せず、すぐに目を覚ましたはずだ。

 たとえ夢とはいえ、自分の死を記憶しているのは酷な話ではないだろうか。

 現代社会に生きる人々や、ゲーム内で生きるキャラクターたちは、死ねばきっと夢から帰還する。耐えられないからだ。

 耐えられる人間が、勇者となり、死闘を何度も繰り広げさせられる……どうだろう?

 勇者――おれが冒険で倒された場合、死に近い恐怖を押しつけられているし。


 考察は進み、おれは額にゆびを押しつける。

 その時、何羽かの小鳥が森から一斉に飛び立ち、鳴き声と羽ばたきで意識を引き戻された。

 静寂を保っていた森が、にわかに活気づく。

 耳から入る音を認知できる。

 おれは、とりあえず、脳内で呼びかけた。



【ルーリエコンタクト】

 ◆システムになにかご用でしょうか?◆

「リセット」

 ◆リセットしてルーリエの部屋に戻ります。よろしいですか? YES/NO◆

「YES」

 ◆ストップウォッチをリセット、停止しました◆



 女神の声だが、無機質だ。

 どうやら本人が対処しているわけではないらしい。

 自動化されている。


 小馬鹿にされているようで腹が立ち、部屋に戻ると床を強くどんっと蹴った。

 それでも冷静にならなければならない。

 これ以上、三度目の世界に留まっても時間を無駄にするだけである。

 保持している記憶が薄れないように、手早くゲームをクリアしていく必要があるのだ。正確には記憶の保持というよりは道中で拾える失った記憶を取り戻しているのだが。得ては失って、得ては失っての繰り返し。

 まさにリアルタイムアタックで自己ベストを抜きつ抜かれつプレイしている感覚。


 記憶をどうこうしたいと考える一方で、どうにもおれはリアルタイムアタックを強要される運命にあるのかもしれない。

 記憶とリアルタイムアタック。失う、取り戻す、失う、取り戻す。繰り返し行われる作業は、同一なのではないか?

 おれは、ふと気づきはじめていた……。

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