第21話 激戦から激動へ……

 魔王城は静寂につつまれていた。

 襲ってくる魔物もいない。


 孤独の玉座と、おれはなんとなく思い浮かべて、顎に手を乗せた。

 孤独……理解されないという意味では勇者も同じなのかもしれない。

 でも周囲を不幸に巻き込んでまでのやり方は絶対に間違っていると思う。

 魔王グリフォンはどんな気持ちでいままでの行いをやってきたのか。

 考えるだけ無駄だとかぶりを振る。


 広大な敷地を突き進む。


 * * *


 魔王城の最上階。


 とんでもない広さと高さだった。

 廊下の横幅は、人間で言うと城下町の大通りくらいある。

 高さは、クラスチェンジで登らされた塔と同じくらいか。

 空を駆けるグリフォンが根城にしているのだし、おかしな規模ではない……かもしれない。

 改めて魔王城ってやつはスケールがぶっ飛んでると思う。


「俺の安眠を邪魔するのはだれだ!」

「勇者さんですよ、この野郎」


 のしのしと現れたグリフォン。

 おお、こいつがそうなのか。確かに鷲の翼と獅子の身体の複合体だ。

 かっちょいいじゃん。

 華美な装飾はせず、たぶん素っ裸なのにも共感できる。

 自分の肢体に自信を持っているんだな。

 これで性格がなあ……。


「勇者だと? はっはっは、ついについについに殺されにきおったか!」

「おめえに殺される予定は入ってねえよ」


 殺伐としていらっしゃる。

 おれは不思議に思い、聞いてみることにした。


「なあ、なんでそんなに殺したがってんだ? 世界を滅ぼそうとしてんだ?」

「決まっている! そのほうが楽しいからだ!」

「た、楽しい?」

「おうよ。世界を滅ぼそうとすれば余を倒そうとする猛者が立ち上がるであろう?」

「いや、おれ、世間にうといから知らんがな」

「なんだと? ならば聞かせてやろう、余の武勇伝を!」

「いえ、さっさと倒して帰りたいんで間に合ってます」


 すると、表情を凶悪なものに変えた。


「俺を倒すだと? 世迷い言を。勇者とはいえ、子ども。できるはずもないわ」

「油断してくれてありがとうございます、じゃあ早速やりますか」


 おれが魔法を錬成し、戦闘態勢に入ったことで、魔王もまた同じように構えた。

 前足を振りかぶって、後ろ足はふんばっている。獅子の爪を振り下ろそうとしている動作だ。


 粋がっているが魔王は魔王。

 引いた戦法を取ることはあるまい。

 ずばりオフェンス重視のキャパシティ分配をしてくるだろう。

 とはわかっていても、ぎらりと燭台に照らされた凶悪な爪に身震いする。あれを食らっては一撃で昇天させられてもおかしくはない迫力だった。


 ディフェンスだ。

 アクションキャパシティをディフェンスに全振りして、まずは耐えてみることにした。

 岩石の上級魔法ドガツンと氷結の上級魔法ブルリゼを交互に組み合わせて、強固な盾を生成する。内訳はオフェンス0に、ディフェンス185だ。数値に余力を残しているように思えるかもしれないが、ディフェンス・アクションで最も高い数値の行動。

 これが破られるようなら、こちらもオフェンス重視に切り替えて、殴り合いの原始的な喧嘩をすることになる。


 うなる豪腕から繰り出される爪攻撃。

 いままでの魔物の爪攻撃は単発だったが、魔王は違った。これは、疾風の魔法ピュルリグを組み合わせた、乱雑攻撃だ。幾重にもこちらの生成した盾に豪快な衝突音が、夜半の魔王城に響き渡る。


 耐えた。

 が、ぎりぎりの手応え。

 油断は許されない。


 グリフォンはなにやら疾風をまとい、輝きを放った。突進攻撃だった。おれはすかさず防御行動にアクションキャパシティをつぎ込む。《影潜水》という移動系のアビリティだ。相手の影に潜んで攻撃をやり過ごすという効果は実に応用が利く。


 突進攻撃を避けると同時に遠距離から魔法攻撃を試みた。

 再び《影潜水》で回避ができるように、防御値を多めに、攻撃値を少なめに。

 突進で壁に衝突したグリフォンはどうやら気絶しているようだ。

 これならこちらの攻撃が無条件に入る。


 おれは最高の威力を誇る炸裂の攻撃魔法バン系の上級魔法、《バング》を用いて、攻撃に入る。

 片足に強化魔法をかけて、魔王城の床をゆらす。

 ぱらぱらと散り落ちてきた石造りの欠片を集めて、疾風の魔法で目潰しに使う。

 岩石と氷結の魔法を織り交ぜた魔法を放ち、敵の正面で炸裂させる。

 凶悪な魔法連携が成立するはずだ。

 見れば、あれほど威張っていた魔王が苦しそうにうずくまっている。


「ここだ!」


 おれは自分に一喝した。このチャンスを逃してはならないと。

 もう一度、同じ攻撃を試みる。

 が、さすがの魔王。二度も同じ攻撃が通じるほど甘くはなかった。

 猛烈に吹き荒れる突風が、こちらの攻撃をねじまげたのだ。これでは上手く当たるはずなどない。


「ふふふ……どうやら貴様には本気を出さねばならぬようだな……」

「いわゆる第二形態ってやつですね、わかります」


 魔王は額に青筋を立てて怒ったようにも見えたが、割と拍子抜けしたようにずっこけた。


「なぜ貴様はことごとく俺のことを知っているのだ……」

「点のお告げがあるからです」

「点? 点や・などの点のことか?」

「…………」


 記憶障害だよ、素で間違えたんじゃないよ? いや、ある意味じゃ素なのか。


「ふっふっふ、そうとも言える。点とは天に繋がるものなり。ひとつひとつの点が天へと成り代わるのさ……覚えておくといい」

「なん……だと……ふ、深いな、さすが勇者よ」

「おれの知恵についてくるとは、魔王、おまえもやるじゃないか」


 冗談で場を和ませようとしてみたんだよ。

 いや、だっておっかないけど、結末は決まってるんだもん。

 シャドウウォーカーになって、レベルが30を超えている時点でこっちの勝ちなんですけどね。

 忘れちゃってるし、説明もできないから、このまま流れに乗ってあげましょう。


「ええい、騙されんぞ! きさま俺をたばかろうとしているであろう! 戯れ言を!」

「いえいえ、案外そうでもなくて、頭に響く声におれも迷惑してたんすよ」

「そうであろうとなかろうと俺は貴様を殺す」

「なんで?」

「魔王と勇者とはそんなもんだ。いつも殺し合って決着をつけるもんなのだよ」


 なあなあ、馬鹿にするつもりはないんだけどさ……魔王の知性っておれと同じくらいじゃねえか? よくできてるね、ほんと。勇者と魔王はいつでも対等!


「物騒な世の中ですね、まったく」

「ああ、まったくだ。見よ我が真の姿を……」

「あ、かっちょいい」


 魔王はたたんでいた翼を広げ、おおきく声を荒げた。びりびりびりと部屋が揺れ……。


「うっそーん」


 ばりーん、がらがら……。

 壁面と天井が崩落した。


「くっくっく、これで俺の飛行能力も充分に発揮できるぞ、覚悟するがいい!」


 ぶっちゃけ反則じみている。

 飛行型の魔物は、回避能力と素早さがあるかわりに、オフェンス能力は低めになっている。しかしグリフォンは違う。

 荒れ狂う攻撃と、疾風のごとき機動を両立させているのだ。

 これではまともに戦うのが馬鹿というもの。


「で、おれに勝てると思っちゃったんだ?」

「!」


 おれは疾駆するグリフォンの身体にぴたりとついていた。なぜか。

 影潜水スキルによって追尾していたからであった。

 実のところ、魔王の第二形態を倒すためだけに存在するようなクラスだ。攻撃力も、防御力も半端。だが特殊移動スキルがすべてを超越する。普通に倒そうとすれば、魔法攻撃の乱舞と身震いのする回避の連続だが、この場合はそれがない。

 ずっとスキルを発動しつつ、武器で翼を攻撃し続ければいいのだ。それほど経たないうちに墜落する。


 墜落したグリフォンはブレイク状態に陥り、ぶっちゃけありったけの攻撃魔法をたたき込めば勝利という寸法で、実際にその通りになってしまった。

 うーん、なんだか罪悪感。

 いやいや、やつは世を乱す悪党だ、そんなことを考える必要はない……はず。


「ぐっ、この俺がこんな小僧にやられるとはな」

「死んでないんだし、反省してやり直せば?」

「いや、それは俺の流儀ではない。俺はより強き者に従う」


 面倒な性格してるね、さすが魔王。

 ただの戦闘狂ではないのか。


「あっそ、じゃあ大人しく魔界に帰れよ、人間界は迷惑してるんだからさあ」

「迷惑? 迷惑だと? 理想郷を感じ取ってもらえてはいなかったのか……」

「んなわけあるかい」

「いや、しかし、人間は戦いを好むと」

「戦いの種類にもよるんだよ」


 経済戦争とか宗教戦争とかな。


「ってわけで魔王。おめえは魔界に帰れ」

「従おう」

「殊勝だなあ」

「先も話したとおり、俺は自分の流儀に従う。ほかは知らん」

「面倒な性格してるね」

「否定はしない」

「まあ戦うだけなら、暇になっちゃったらおれが相手をしてもいいから」

「ほんとうか、勇者!」


 グリフォンは瞳を潤ませ、らんらんと輝かせている。

 どんだけ飢えてんだ。


「勇者、ほんとうに強かった。ああ、いまの戦闘を思い出すだけでも勃起しそうだ」

「やめろ、変態」

「そう言わずに」


 恋する乙女のような瞳をしたグリフォンがすり寄ってくる。きめえ。きめえきめえきめえ!


 おれは言い返す。


「変態のかたはご遠慮させていただいております」

「いやいや。余は決して性欲の権化というわけではなくてだな、戦闘で下半身に力が入っちゃうのだよ」

「もっときめえからぜってえやだ」


 やいのやいのと言い合っているうちに夜は明け、ボロボロのすかすかになった部屋に太陽の灯りが差し込んでくる。


「では朝と昼は苦手なので、魔界に帰ることにするぞ」

「……引きこもりみてえなやつだな」

「引きこもり? 人間の造語か?」

「ある一定の空間に閉じこもり、活動時間は夜のみという種族の総称だ」

「なるほど、俺は引きこもり魔王だったのだな。二つ名をありがとう、帰ったら自慢する」

「自慢されても困るのだが、これで魔族のあいだで引きこもりが流行ったらいいな」

「なぜだ?」

「夜だけに警戒を集中できるっしょ」

「勇者よ、おまえはほんとうに頭がよいのだな」

「頭がいいのと知恵が回るのは異なるぞ」


 ぶっちゃけおれは、馬鹿の部類に入るだろうな。

 感情を優先し、猪突猛進。

 天と点を頭のなかで読み違える間抜けっぷり。

 リアルタイムアタックの知識がなければ、とっくに死んでいた小物な勇者かな。


 グリフォンが、痛々しく叩きつけられた翼をばさりと大きく開き、空を飛んだ。


「では勇者よ、できる限り早くまた会おう!」

「もう会いたくねえよ!」


 減らず口を叩かずにはいられなかった。



【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆ゲームクリアに成功しました◆

 ◆封印されていた記憶が解放されます◆

 ◆クリアタイムは2:45:16でした◆



 謎の声が聞こえたと同時に周囲は真っ暗になった。

 グリフォンと思われる金色の彫り物だけが眼前に輝いている。

 記憶がさらに蘇った。

 おれは《グリフォンクエスト》というレトロRPGをどれだけ早くクリアできるか、という競技リアルタイムアタックに挑戦していたのだ。


 ただ、挑戦していた場所が悪かった。

 携帯ゲーム機だったし、どこでもプレイが可能だったので、学校の帰りによそ見をして、車だかトラックだかに跳ねられた。

 すぐに病院に運ばれたのだが、脳に障害が残るとされ、夢うつつにぼんやりしていたところ、女神ルーリエの元にどうやってか、たどり着いてしまったようだ。


 ルーリエの言い分は間違っていない。

 グリフォンクエストのリアルタイムアタックで夢中になっていたおれは、あの世界で産まれ、育ち、何度も生を繰り返したといってもいい。

 ゲーム世界に記憶が散らばっているというのも嘘ではなかった。

 おれは現代日本で産まれて育った日本人なのだ。

 そのことがいままで……クリアするまでの間、記憶から抜け落ちていた。現代日本とゲーム内では文明がまったく異なるが、〝正直どうでもいい〟ことだったので、記憶が刺激されずに没頭してしまったのではないだろうか。


 だが、納得できないところもある。

 おれは、ルーリエの傍まで歩み寄った。

 彼女は、最初におれが出逢った部屋で、せんべいをぼりぼり囓っている。


「なんで、リアルタイムアタックを迫ったんだ?」


 ずいっと顔を寄せて、ルーリエに聞く。


「き、記憶ってのはね、時間が経てば経つほど消えていってしまうものなのよ」

「それでリアルタイムアタックを勧めた、と? 繋がらんな」

「あの世界に散らばったあなたの記憶の大半が、現代社会でのことだったのよね。あはは……それを隠していたのは詫びるわ」


 ぎろり、おれは睨む。


「まだあるだろう?」

「時間経過で〝記憶〟が曖昧になっちゃうのは謝らないわよ! 人間だれだって夢のなかじゃそうなんだし!」

「ほう……待て。夢? 夢だと? 夢とどう繋がるんだよ?」

「テレビゲームっていうのはね、夢のなかで作られて下ろされているものなの」

「それで?」

「新作の制作が詰まっちゃったから、現代日本人の優秀なプレイヤーにアイデアを求めようと思って! 夢から盗んで……じゃない参考にさせてもらっているのよ!」

「なるほど、夢で起ったことだと忘れちまうからか?」

「そうなの! 証拠隠滅もできて一石二鳥なの! わたしが作ったことにできるのよ!」

「この名作もきみが?」

「ううん、わたしの先代。わたしは続編を任された次代を担うスーパークリエイターなの」


 ふふんと胸を張る女神さん。

 ゲスだよ。

 じと目になるおれは間違ってないよな。


 最近のテレビゲームの評判がよくない理由がわかる。

 要するに、自分じゃどうしようもないから他人に頼ろうって魂胆なわけだ。

 できる人間は、もうプロの第一線でクリエイターやってるはずだよ。


 さらに問題は他にもある。


「他にもリアルタイムアタックに入ってる人間っているのか?」


 疑問に思ったので聞いてみた。


「みんな、もの凄い速さでクリアしちゃって、満足して去っちゃった。ほとんど、ね」


 消え入るような声。

 悲しい過去を聞いた気がする。

 まあ、いい。

 おれの目的は記憶を取り戻すことだ……ゲーム内で何かを忘れている気がするんだが、いまは放っておこう。


 せっかく綺麗に着込んだ十二単と化粧を台無しにするほど泣いている女神がここにいる。


「安心しろ。おれの冒険はまだ終わってない」

「ふぇ?」

「現代の記憶もまだ不安定だ」

「それは、そうよ。一回でぜんぶ取り戻せたら散り散りになった記憶の場所がわかってるってことじゃないの、そんなことあり得ないわ」

「そう、あり得ないな。だから、取り戻すまで何度でも潜ってやる」

「なんでそこまでして?」

「おれがリアルタイムアタッカーだからだ」

「……いまいち理由になってない気がする」

「いいんだよ、雰囲気だから!」


 仕切り直して。

 ルーリエがこめかみをぐりぐりしながら答える。


「じゃあクリアタイムは無視をして記憶の捜索をするのね」

「一度目の冒険で、おれはなにか大切な約束をした気がするんだ。それも探す」


 そう、なにか大切な約束をした気がする。

 が、どうしても思い出せない。

 クリアまでに時間がかかりすぎたのか、あるいは女神のいうとおり夢での出来事だからなのかはわからないが、とにかく思い出せない。もどかしい。


「わかったわ。でも無理はしないでちょうだい」

「どういう意味だ?」

「あなたの場合、夢と夢を行き来している状態なのよ」

「ふむ」

「そうすると夢から出られずに、自分を夢の住人だと思い込んで出られなくなっちゃうの」

「それは困るな。現実には戻りたい」

「つまりあなたは、現実と夢、ここね。ゲーム世界も夢なのよ。この3つを繰り返し行くことになる」

「混乱しそうだな」

「そうなったら最悪よ、どの世界にも自分の居場所がないように思えるようになって自害」

「ま、なんとかなるっしょ」


 あっはっっは。

 笑い飛ばした。


「なんでそんなに脳天気なの?」

「リアルタイムアタックは、何度も何度も繰り返して、当然だが道中で失敗して死ぬ」

「そ、それが……?」

「比べればたいしたことないっちゅーか」


 片手をひらひらと振って事の軽さを伝えようとする。

 しかし、ルーリエはまた違った思惑があるようだ。


「いいわ、いってらっしゃい」

「死んだらこっち戻ってくるから、最初からやり直しよろしくな」


 リアルタイムアタックではやり直しは最初からと決まっている。

 女神パワーだかなんだかで途中から再開などという、ぬるいプレイは望んでいない。


 おれは眼下に広がる大きくて綺麗な世界を再び見下ろす。

 目を閉じると、浮遊感に似たものが襲ってきて、再びゲーム世界に降りたのだと実感した。

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