第19話 これは切腹ものですか? いいえ、そんなことさせません

「大将おおおお!」

「死ぬなああああ!」

「戻ってこおおおおい!」


 怒号の響く荒野の風は冷たくなり、そろそろ夜が近いことを告げていた。いまだに好敵手の意識は戻っていなかった……が。


「む……俺は……生きている……、のか?」


 泣きつく三匹の魔物。

 四獣将と名乗っていたが、実際のところカンガルー型のやつが親玉だったらしい。


 連戦かと思ったのに、ぶっ倒れた魔物に残りの魔物が集まって泣き崩れるんだもの。

 何事かと思っちゃったよ。


「む、勇者。なぜ俺は生きている?」

「いや、そりゃ峰打ちで死んだら困るでしょうが」

「峰打ちで俺は死にかけたと! くううううぅぅぅ不覚っ!」

「おい馬鹿やめろ」


 どこから取り出したのか、小刀を取り出して器用に手で持ったので、おれはあわててぺちっと叩いて落としてやった。


「仕方のないやつめ……して、俺との戦いでなにかつかめたか?」

「あんだって?」


 今度はおれが驚く番だった。

 気づかれていただと……?

 ブラックフェンサーの近接技に慣れようとしていたことに?

 まさか手加減……。


「おっと勘違いはするなよ。俺は本気だった。本気で負けたのだ。誇るがいい」

「誇りゃしねえけど、あんたみたいな化け物が何匹もいるなら、泣いているところだ」


 あれ?

 そういえばいつもの声がまだ聞こえない。

 殺さなかったからか?

 だとしたら損をしたなあ……たっぷり経験値もってただろうに、くっそぉ。


「ふふふ、俺に勝ててもまだ強さに不服か」

「ふぇっ? いや、なんでだ?」

「悔しそうな顔をしておったからな」

「顔に出ていた? そら失敬」


 うーん、人間と共存したいっていう言い分もなかなか通った御仁に思えてきた。

 この魔物なら、魔王を倒したらほかの魔物が暴れないように取り計らってもらえる気がする。


 そう、すべて暴れ狂う魔王が悪いのだ。

 魔王さえいなければいい。


「安心しろ。我ら四獣将が出張って魔王城は留守も同然だ」

「ってことは?」

「もはやおまえにとっては雑魚しか残っておらぬ」

「ほうほう」


 やっべええええ!

 もう有効な経験値稼ぎができねえじゃん!

 ボスモンスター連戦チャートってここで途絶えるんだっけ?


 おれは焦りつつも表情には出さず、続きを聞いた。


「ここより《常夜の森》に入り、《魔獣の腕輪》をつけて抜ければ魔王城の前に出る」

「魔獣の腕輪?」

「我ら四獣将を倒した証となる魔法具だ。ほれ、これだ」


 なにやら円筒形の物体が宙を舞う。

 両手でしっかり受け取る。

 禍々しい、というよりは荒々しい装飾の施された腕輪だ。つけたら呪われそうだが、一気に強くなれそう……。


 呪われたからなんだ。こっちとら、女神る、る、るー? るーなんとかさんの加護がついているんだ、平気に違いねえ! あれ、……女神の名前ってなんだっけ? 勇者の証のはずだ。忘れたらまずいいいい、そうルーリエだった! ふう、危ねえ危ねえ。っと、腕輪だ。


 かちゃかちゃぱちっ。

 つけてみた。

 めっちゃアクションキャパシティ値が上がってびっくらこいたわ!

 呪いもなし。なにこの壊れアイテム。ちょー嬉しい。


 憧れの瞳で魔獣の腕輪を眺めていると、四獣将の親分から声がかかった。


「うむ、似合っておるぞ。これからはおまえが四獣将を治める長だ」

「ふーん。は? え? ん?」


 おれは自分に指を指して、四匹の魔物に死線を向けた。

 みな、こくりこくり、と笑顔でうなずいている。


「冗談きついよ?」

「冗談ではないぞ」


 おれは、額に手のひらを当ててのけぞった。

 それを見たカンガルー型の魔物は、至って真面目に目を合わせようとしていた。


「さあ、我らを認めさせた実力、魔王さまにも見せてやるといい」

「おまえらぁー」

「なんだ」「なんぞ」「なに」「なんです」

「おれの仲間になったんだから、魔王も一緒に倒しに行こうぜぇー」

「いやだ」「やだ」「やだね」「ことわる」


 どいつもこいつも使えねえ!

 いらぬ恨みは買いたくないということか。

 どうせおれが魔王に負けたら力尽くで従わされていたとか説得するに違いない。

 世渡り上手な連中め……こっちは魔王を倒す以外に生き残る道はないというのに。



【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆レベル24から32にアップしました◆

 ◆新たなる成長段階に入りました◆

・アクションキャパシティ値が160から286に上昇

・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)

・新アビリティ習得可能(省略、自己参照のこと)

・第三クラスチェンジ解放



「うおっ!」


 不意を突かれたタイミングだったので、謎の声に驚いた。

 は? 一気に8レベルもアップ?

 あ、そっか。

 さっきの戦闘が四獣将をすべて倒したものと同価値なのだと悟った。ボスモンスター四体分ならこれだけ上がっても不思議じゃない。


 魔物たちに驚きの声を聞かれたかな、と思ったが聞こえなかったようだ。

 みな「あーこれで暴虐的な任務から解放される」だの、嬉しそうに会話していた。

 ……魔物もすべてが人間を憎んで戦っているわけじゃないんだなあ。

 やっぱり魔王がいけないんだ、魔王が。


 夜が更けると大変なので、おれはさっさと出発することにした。


「おまえら世話になった。じゃあ魔王を倒しにいってくるわ」

「さっさと倒して平和を取り戻してこいよ!」


 どいつもこいつも勇者を対魔王の便利道具とでも思っているのだろうか。

 火炎の魔法ボウを灯りにして、おれは荒野を駆け抜ける。

 目指すは魔王城の手前常夜の森だ。

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