第15話 クラスチェンジに試練はつきものです

 海上都市から例の如く勇者だからと船を出してもらって、クラスチェンジを取り仕切る神殿へと向かう。

 最大で三回まで行えるクラスチェンジ。現在は初期である魔法使い《マジシャン》。


 一回目を低レベルの状態でも行えるように、周囲に出没する魔物はぶっちゃけ雑魚だ。

 すべて《逃げる》が成功しているところを考えると、もう相当に基本レベルが達していると察した。これなら今後の旅で戦うことになる魔王の幹部とも充分に対抗できるだろう。


 クラスチェンジで選んだのは近接攻撃も遠距離攻撃もこなせる戦闘のエキスパートだ。

 その名を《ブラックフェンサー》という。

 ピラミッドでの狭い部屋を舞台にした戦いで、近接スキルの重要性を学んだのだ。

 ブラックフェンサーの戦い方は、遠距離からの魔法攻撃も変わらないのだが、近接での攻撃も手段に加わる。《形状変化》というアビリティで、例えば岩石の魔法を岩石の剣として使うこともできるのだ。

 距離を詰められて、魔法で迎撃できないという場合もなくなり、反撃が可能になる。

 戦闘の幅が大きく広がるのだ。


 しかし、ただではブラックフェンサーになることはできない。

 クラスチェンジポイントはもちろんだが、魔法使いなら近接攻撃。戦士なら遠距離攻撃などをマスターする必要がある。

 世の中そんなに甘くない。


「では《天意の塔》の最上階まで上り、《天職の宝珠》を得てきてみよ!」


 神殿の壇上で、えらそうな爺さんが声を張り上げた。

 たぶん、ここでいちばん偉い人なのだろう。

 おれは命令されるのが大嫌いなんだ。

 言われんでも取ってきてやる。


 * * *


 塔の目の前まで早速移動した。

 朝に出発して、太陽が中天に達していることからそれなりに時間はかかっただろう。

 ぜんぶ襲ってくる雑魚の魔物が悪い。

 おれはもう面倒くさくなったので、全身に疾風の魔法ピュウゼを重ねがけして、突風となりながら魔物たちをお空の彼方まで吹き飛ばしていった。


 じゃりじゃりじゃり!

 地面を削る音も聞こえる。

 他の冒険者がいて、もし衝突でもしたら大惨事だが、そこまで制御がぽんこつではない。


 と、地平線からせり出すように焦げ茶色の長方形がぐんぐん天に伸びていく。

 目的地の塔だろう。

 塔は異様を放っていた。

 建造されたのははるか過去だというのに、風化を感じさせないのだ。試しに壁面を手でなぞってみると、つるっつるだった。

 だがひるんでいる余裕はない。一刻も早く世界を救わなければならないのだ。

 それがおれの使命だ。


 横に2メートル縦に3メートルはある大扉を、筋力強化魔法を使って開ける。

 ……かび臭い風が吹きかかってきた。


「くせえっ!」


 おれは鼻をつまんだ。


「これぜってえ他の冒険者なんていねえよ! 放置された施設だわ!」


 誰にも聞こえない怒声を放つ。

 とりあえずなかに入ってみる。


「げっ」


 飛行型に毒型、遭遇したくない魔物のオンパレードだった。

 エンカウント率も高めだ。

 ここは消毒していくことが第一手段だろう。


 おれは疾風の魔法ピュルゼと、新しく習得した神聖の魔法の《ハーマ》を組み合わせて、清浄な空気が満ちるように散布していく。結界魔法の一種だ。


 魔物たちも大急ぎで逃げるか、散布に全身を焼かれて灰になっていく。

 アーメン。

 魔物が弱いのでレベルは上がりにくいが、着実に強くなっていく。

 魔法の応用力が高まっているのだ。


 この調子でほいほいと塔を上り、《天職の宝珠》が安置されている最上階までやってきた。しかし、このまま簡単に手に入るとはあるまい……。

 警戒していると、ほーれ、3メートルはある石像が動き出して話しかけてきた。


「なんじ、天職を望む者か?」

「そうだが、なにか?」


 石像に話しかけるおれは、もし周囲から見たら頭のおかしいやつに思われるだろう。

 いい迷惑である。


「では我を倒してみるがいい…………」


 どすどすと塔の床が抜けるんじゃないかと思えるほどの地響きを立てて、石像は襲いかかってきた。


 * * *


 体感で三分後。

 おれは基本戦術であっさり石像に膝をつかせてみせた。


「ぬがあああ、やられたああああ」

「当然だ」


 くぐってきた修羅場がちげえんだよ。


「ふっふっふ……久々に手応えのある冒険者がやってきたというわけだ」

「は?」

「我の本気を見せてやろう!」


 どうやらいままでは手加減をしていたらしい。さっさと倒してしまいたいのに、面倒くさい敵だ。おれは、舌打ちしながら、石像に向かっていく。


 攻撃パターンが変わっていた。

 拳骨をぶんぶん振り回す単調な動きから、重量級の拳闘士を思わせる華麗なフットワークでこちらを挑発している。


「HEY、HEY、HEY! かかってきたまえ!」


 人格……いや石像格(?)まで変わっている。なんだかノリがいい。この世界の野郎どもはこんなんばっかりだな。まったくキャラクターデザイナーの顔が見てみたもんだぜ。同じようなキャラは味方だろうと敵だろうと飽きるんだよ。


 そんな愚痴をぼそぼそと呟いていると、容赦なく石像が襲ってくる。


 ステップで距離を詰めて、軽いジャブをお見舞いしてくる。

 こちらがディフェンス・アクションの決定前だったので、無条件ですべて当たってしまった。

 痛いを通り越して情けない。

 さいわいにも軽い攻撃だったようで、さらに《英雄のローブ》の防御力もあって、さほどのダメージは受けていなさそうだ。強いて言えば転んだ際にできた擦過傷くらいか。


 おれは目を野獣の如く怪しく輝かせる。


「HU、HA、HA! この石像の身体を貫けるものなどこの世にいくつあるものか!」

「調子こいてますけど、敗北フラグですよ」


 先ほどの衝突で、こちらの基本レベルがかなり上回っていることは確認できた。

 なので、あとは倒しかただ。


「鋼鉄でもそうだけど、石像にも効果が抜群の攻撃ってなーんだ?」

「そんなものはない! 我が肉体は不滅のごとし!」

「あっそ」

「そちらこそ我の全力突きを食らってほぼ無傷とは、なにかずるをしているのではないか?」

「はっはっは、あんたみたいな雑魚にするまでもないな」

 この挑発で動く石像は怒りを最大にしたようだ。

「ほう、ならば死んでも文句は言うまい……」

「そっちがね」


 挑発には挑発を返すんだよ。

 一色触発の状態だ。


 どすどすどす……動く石像が、眼を赤く輝かせて迫ってくる。絵面的にはめっちゃ怖いが、必勝法のある相手。まして素早さもさほどではなく、魔法が当て放題の相手なんざ、まったく恐ろしさも感じないね。


 動く石像の拳が届く前に、火炎の魔法ボウン(32)と氷結の魔法ブルリン(40)を繰り返し、連続で放っていった。狙ったのは、熱疲労というやつだ。高熱と冷気を何度も浸透させていくと、崩れ去ってしまう謎の現象だ。

 もっとも、間髪入れずにたたき込む必要があるし、相手の素早さが低くないと、当たることはないという裏技的なものなのだが。

 放つ間隔が開いているため、連携にはならず、単発技の連続と見なされるところも悲しい。


「うがああああ! なんじゃこりゃああああ! 我の身体がああああ!」

「出来損ないの彫刻みたいで似合ってますよ」


 自分の崩れた身体に気づいた動く石像が、なにやら文句を言っている。

 戦いをふっかけてきたのはそっちだろうに。

 いわれのない批難はやめていただきたい。


 おれは、首から上が離れてしまった彼の頭を足でごろごろと転がして、にんまり笑う。


「ほれほれ、早く《天職の宝珠》を渡してくれないと、塔の上から石像を落っことしちゃうぞぉ?」


 ばらばらになって、もし復元できたとしても時間のかかること受け合いである。


「あっ、や、やめっ、我が砕けちゃうよぉ……」

「なっさけねえ声を出す石像っすね」


 おしっこでもちびりそうな声をだしちゃってまあ。

 そんなもんが全長3メートルはある石像から漏れたんだから、失笑を禁じ得ない。

 おしっこを遠くに飛ばす彫像として広場にでも飾れば、観光の名所になるのではないか。


「やめてええええ!」

「うーん、どうしよう」


 生殺与奪権とやらは、おれにあるのだ。

 このまま石像の頭を塔の最上階から落とそうが、見逃そうが自由である。

 さて……経験値が惜しいし倒すか。

 悩んだが、粉々にしてあげることにした。


 おれは、にこりと微笑みを浮かべて、石像の瞳を見た。


「や、やめ……」

「やめない」

「非常なやつ! 血も涙もないのか!」

「両方ある」


 失礼だな。むかっとした。

 おれは心優しい勇者さんだぞ。


「じゃあなんで我を倒そうとするんだ!」

「おいしそうだから」


 経験値的にね。


「ひ、ひいいいい! あああああああああ!」

「安らかに眠れ」


 おれは両手を握って膝をつき、祈ってやった。



【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆レベル21から24にアップしました◆

・アクションキャパシティ値が128から160に上昇

・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)

・新アビリティ習得可能(省略、自己参照のこと)

・第二クラスチェンジ解放



 例のごとく謎の声。

 でも不思議と心地よいものに変わっている。

 頭痛もしない。


 まあどうでもいい、《天職の宝珠》を持ち帰らないとな。

 目的の物は、隠し通路を通った先の小部屋に安置されていた。

 なぜ隠し通路のことを知っていたのかは無視した。


 紫に怪しく光る宝珠を大切に抱え、おれは疾風の魔法を駆使して急ぎ神殿へと戻っていったのだった。

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