第14話 思い……だした……!

 ミュルヘンの町は静まりかえっていた。

 なにしろ、住人のほとんどが魔王に与する魔物だったのだから。それでもたくましい住人は今日を生きている。


 戦闘の跡なのか、赤茶色の家の壁に何本かの筋が刻まれている。爪で引っかかれたのだろう。負傷者の数はどれほどかわからない。しかし確実に日常の生活はむしばまれていた。


「勇者どの」

「ヴォルさん」

「想像以上にひどい有様になってしまいましたな」

「ええ、しばらくは城というより小さな町としてやっていくしかないでしょう」


 おれの表情は優れない。

 魔王の配下を倒したとはいえ、犠牲は大きかったのだ。手放しでは喜べない。


「ところで《真実の鏡》はまだお持ちですかな?」

「え、ええ……当然です。持っていますよ

「では、町の上空に向かって掲げていただけませんか?」

「?」


 意味のわからなかったおれは、真剣な表情のヴォルさんにひるんで、鏡を掲げた。

 かっと一瞬ほど光ったかと思うと、町も人もみるみる修繕、復活していった。

 そして。


「待たせたわね、みんな! これからは不自由させることのない生活を保証するわ!」


 最も高い建物の入り口に、絶世の美女が出現した。


「まさか伝説の女王さま?」「女王さま」「女王さま万歳!」「女王さま惚れちゃう!」

「あーっはっはっは、もっと褒め称えるがいいわ!」

「…………」


 無言で停止しているのはヴォルさんだ。

 きっとまた女王に仕えることができて、感極まっているのだろう。


「ヴォル、またしっかり働いてね?」

「は、はっ。それはもちろん!」


 こちらにも聞こえるように大声だった。

 何か裏がありそうではある。嫌なのだろうか。喜び半分、落胆半分という、言い表しがたい表情をしていた。


「ヴォルさん、ヴォルさん」

「なんですか、勇者どの」

「なんで嫌そうなの?」

「我が輩、女王の壮絶な仕事についてゆけず、過労で死んだのです」

「……」


 女王が亡くなられてから無理をしてしまって、すぐ後を追うように死んでしまったとのことだった。せつねえ……。


「せっかく拾った命なんですから大事にしてくださいよ」

「そうしたいのは山々なんですが、女王のすさまじい解決力についていけるかどうか」


 ふうーとおれは一息ついた。


 やっぱり役割って難しい。

 おれは、お祭り騒ぎになっている女王の下へ、こそこそと移動した。

 お礼を言っておかなきゃね。


「女王、《真実の鏡》ありがとうございました」

「お役に立てたかしら?」

「ええ、おかげで魔王の幹部を倒すことができましたよ」

「それはよかった。ところで次はどこへ行くつもりなのかしら?」

「陸からでは遠回りになってしまうので、海から次の町を目指そうと思います」

「クラスチェンジするの?」

「お見通しですね」

「変更したらしばらく変えられないものですからね。慎重に行いなさいな」

「はい、助言、痛みいります」


 まあ知ってたけどね。一回目のクラスチェンジで行わなかったのは、クラスチェンジをするのにも必要なポイントがあるからで、できれば二回目以降に持ち越したほうがいい。ちなみに三回目のクラスチェンジが最後だが、それは魔王城にたどり着く寸前の話だ。

 一度目のクラスチェンジ用のポイントを温存して、二度目のクラスチェンジ用を最初にするのは序盤で相当に運がよくレベルが上がらないと厳しい。そういう意味では死線をくぐり抜けてきたのにも意味はあるというものだ。

 システムに対して忠実に従う一方で、穴があればとことん探り出す。それが……。


 RTA。

 リアルタイムアタック。

 そうだ、おれは三度の飯よりもゲームを早くクリアすることが好きな……。

 リアルタイムアタッカーだ!


 そう。

 そうだった。

 ようやく、ようやくだ……思い出したぞ!

 忘れていた!

 いずれにせよ、きっと重要な情報に違いない。



【ルーリエアラート! ルーリエアラート!】

 ◆記憶の一部が開放されました◆



「だぁっ!」


 突然、脳内に響き渡った声で、おれはのけぞった。

 あ、頭がずきずきする……。

 ほんと、いちいちなんなんだろう、これ。


 でもなんで、ゲームの世界とおれの産まれ育った世界が同じなんだ?

 なんで世界の行く末みたいなものを知っているんだ?

 それらは思い出せなかった。


 まあ、世界を早く救って記憶を取り戻すのにも役立つのでよしとしよう。


 女神ルーリエは世界に記憶が散らばっていると言っていたが、蘇ったおれの勘が告げている。記憶の多くは魔王が持っている。だから魔王を早く倒すべし。世界を早く救うべし、と。うちなる声に導かれて、おれは進む。


 同時に危惧もする。

 記憶とは時間が経てば経つほど忘れていくもの。

 ならば、世界を救うまでにかかった時間でどれだけの記憶がまた散らばっていくのだろうか。

 考えるだけで恐ろしい。やはり早く世界を救わなければ。

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