第11話 勇者って戦うことから逃れられないんですね

 王の眠る墓のある大部屋。


 いくつも添えつけられた燭台の灯りがゆらりと揺れた。

 立方体を積み上げた壁が、広さよりも圧迫感を押しつけてくる。


「墓前試合という形でよろしいですかな?」

「はい」

「勇者どのとはいえ、我が輩を簡単に倒せるとは思わないほうがよろしいですぞ」

「そのつもりです」


 おれはぶっちゃけ怒っていた。

 自分を導いておいて勝手に死ぬとは何事か、と。


 乱世にあって彼のような猛者がどれだけ貴重かなんて誰にでもわかる。


 それでも去るという。

 逃げるという。

 逃がさない。

 こころのうちは煮えたぎっていた。


 おれから攻撃の態勢に入った。

 アクションキャパシティは56と、装備品の補正がいくらか。どれだけ通じるかわからないので、ここは守り重視から入る。

 おれは戦闘前に岩石の魔法ガツンを習得している。いくら涼しいとはいえ、ピラミッドのなかで、いつもの主力としてきた魔法ではきついと考えたのだ。氷結の効果が充分に発揮されないかもしれない。つまり、氷結の魔法はなしの方向で。

 初級魔法の《ガツン》(6)

 中級魔法の《ガッツン》(22)

 上級魔法の《ドガツン》(48)

 を主軸に組み立てる。

 岩石の中級魔法ガッツンを正面に、疾風の中級魔法ピュウンを自分の足にかける。


 正面に岩石の壁ができあがったところで部屋を揺るがす衝撃がほとばしった。

 しかし壁はびくともせず、ぶつかった何かをはじき返したようだ。岩石の壁を正面にして、おれは警戒を緩めた。

 その隙が命取りの一歩手前だった。


「シッ」


 岩石の壁を巻き取るように、鎖の鞭が襲いかかった。

 疾風の中級魔法ピュウンで移動速度を高めていなければ、確実に一撃もらっていた。

 そして、その一撃が即死に近かったことも、えぐれた岩石の壁を見ればわかる。


 おれは、はっと意識を強めた。

 かなり広いとはいえ、部屋のなかで鞭という武器は思った以上に強い。縦横無尽の動きと、広範囲の攻撃を両立させているからだ。

 こちらも魔法だけでなく、なにか根本的な解決策を見つける必要がある。


 考えている間にも攻撃は続く。


「ほれほれ、避けているだけでは我が輩の鞭を止められませんぞ!」

「……」


 ヨロイさんなかなか堂に入っている。

 侵入者がいなくて暇だったときにでも、なりきりでなにかやっていたのだろうか。

 それとも死に際に華を咲かせようとしているのか。

 なんにせよ、対抗策だ。


 念のため疾風の上級魔法ピュウゼ(30)を全身にかけて回避を……ちょっと待て。

 やってみたいことを思いついた。


「なんのつもりですかな?」

「見ての通り引きこもり!」


 そう、おれは引きこもった。

 岩石で出来たでっかい鎧のなかに。

 ドガツンを全身にまとって、相手の攻撃を待っている状態だ。

 もちろんディフェンスに全振り。


「なるほど、力と力の勝負ということですか、よろしいでしょう……」

「……」


 こいっ!

 豪ッ! と鋼鉄の鎖が宙を真一文字に駆けた。

 がりがりがりっ! 岩石が削られる!

 岩はばらばらになってしまったが、中身のおれは無傷だ。

 ヨロイさんは、敗北を察したように、にこりと笑った。


「一本取られましたかな?」

「ええ、おれの勝ちのようです」


 おそらくは鎖での攻撃にオフェンス・キャパシティをすべてつぎ込んだのだろう。


 ディフェンス・キャパシティ全開で耐えきったおれの反撃がはじまる。

 削られた岩石の鎧がぱっと分解し、そのままいくつもの岩塊に。続いて、右手がある程度は傷ついても平気なように強化の魔法をかける。疾風の上級魔法ピュウゼを交えて右手で岩塊を撃ち出す。3連携攻撃だ。

 この連携は思い出せないのだが、連携数が多ければ多いほど威力に補正がつくはずなので、かなりの破壊力が出るはず。


 果たして、岩塊は鋼鉄の鞭にいくつか破壊されたが、そのほとんどが持ち手の元に殺到し、どごどごばかすか! 見ているだけで痛そうにぶち当たった。


「お見事です」

「どうも」


 派手にぶっ倒れた戦士の元にゆっくりとおれは近づき、握手を交わしたのだった。



【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】

 ◆レベル13から17にアップしました◆

・アクションキャパシティ値が56から88に上昇

・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)

・新アビリティ習得可能(省略、自己参照のこと)

・クラスチェンジ解放



 静まりかえった大部屋のなかで。

 ヨロイさんは、倒れたまま穏やかな顔でこちらを見ている。


「これで王の下へゆけます」

「なんでこんなになるまで役割を果たせたんですか?」


 おれは聞かずにはいられなかった。

 この人しか答えを持っていないように思えたからだ。きっとうちの王様に聞いてもちゃんとした答えは返ってこないだろう。


「そうですね……我が輩は王がいなければ死刑になるところだったのですよ」

「は?」

「えん罪というやつですね」

「それはまた……」


 重い話が出てきたぞ。


「王が〝ちょっと待てそれおかしい〟と気づいてくれなければ確実に死んでおりました」

「忠義ですねえ」

「そう、まさにそれです! いやあうちの王はすばらしいかたで」

「きっと魔物が化けている王国の現状を知ったら悲しむでしょうね……」

「はい、その通りで……」


 と、その時だった。

 きーんと耳に残る声が響き渡った。


「その通りで、じゃないでしょう!」

「げぇっ、女王!」


 辺りを見回すと、棺からおおきな影が壁に映し出されていた。影からは想像しかできないのだが、おそらく生前はとびっきりの美人さんが埋葬されているのだろう。


「聞いていましたよ、なにをお客人に美談っぽく聞かせて満足させようとしてるの!」

「し、しかし女王! 我が輩がここを離れるわけにはいかず!」

「そんなのいいから国に戻りなさいって、死ぬ前に何度も言ったわよね?」

「うぐっ」


 急所を突かれたように、ヨロイさんはのけぞった。実際にいまは、急所がある。人間の姿に戻ってるからね。《真実の鏡》やはり本物だった。


「勇者さま」

「はいなんでしょう女王さま!」


 がくがく震えているヨロイさんの様子から、おっかない姿を想像してしまったおれは、敬語でぴしっと返答した。


「ヴォルを殺さず生かして倒していただきありがとうございます」

「いえ、そんな……」


 必死だったんだけどな……ぶっちゃけ、もう命のやり取りの覚悟もしてたし。おれはそんなに器用じゃないよ。

 ま、結果がよければ万事よしってことで!


 っつーかヨロイさんの本名はヴォルっていうのね。


「おかげでヴォルに本来の役目を与えることが出来ます……」

「って言われてますよ、ヴォルさん?」


 ヨロイさん改め、ヴォルさんは、うずくまった姿勢からぴんと立って直立不動になった。


「我が輩になんのご用件でございましょうか女王!」

「勇者さまへの協力を要請します。あなたは城下町を、勇者さまは城を同時に奇襲なさい」

「はいっ、かしこまりました!」


 えっ、おれも?

 ああ、そういや協力を取り付けた場合は城下町攻略チャートが省略されて、城襲撃チャートに入るんだったっけ。

 って、またまた記憶障害が。

 砂漠に入ってからしばらく〝重いの〟なかったからなあ……。


 ともあれ次の目的地は決まっているし、必要なアイテムどころか協力者まで得られた。

 順調そのものだ。


「じゃあ女王さま、おれは行きます。《真実の鏡》はお借りしますね」

「どうぞ、勇者さま。宝物庫の中身も必要なら持っていってくださいな」

「女王! 我が輩にもなにか一言!」

「さっさと国を取り返してきなさい!」


 きっと生前は仲のいいふたりだったんだろうな。

 王墓からはみ出た女王の影とやり取りする守護者を見て、そう思ったのだった。

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