第6話

研三は休みの日、いつものように書店のレジの前で読書をしていると、主人公が恋人とたこ焼きを食べているシーンが。

(最近、たこ焼き食べてないなぁ)

そこへ恵美子が、白いマグカップに入ったコーヒーを持ってきてくれたので

「恵美子さん、今日はたこ焼きパーティーにしませんか」

「いいけど、どうしたの」

研三は、今読んでる小説を右手で恵美子の顔の前へ持っていって

「小説の中で、恋人同志がたこ焼きを食べてるとこを読んで、しばらく食べてないなぁと思って」

恵美子は、ニコッとして

「研三君って、面白いひとね。そんなことで」

「はい、自分でもいやになります」

「具材は?」

「たこと、ウインナーと、チーズと、天かすと、ネギでしょ。粉はたこ焼き用でなくてもいいんですが、それに卵2個と山芋を入れます。うちの実家は、それにトンカツソースとマヨネーズと、鰹節と、青のりと一味唐辛子に付けて食べるんです。美味しいですよ」

恵美子は

「それだけ聞いたら、今日は絶対たこ焼きパーティーね。ヨシ、買い物に行ってくるわ」

「恵美子さんと一緒に食べたら、余計に美味しくなりますよ」

「嬉しいこと、言ってくれるわね」

「その後、恵美子さんもいただきます」

「エッチ」

と言って、恵美子はいそいそと買い物に。その後ろ姿を見送りながら研三は

(僕は、つくづく幸せ者や。この幸せを絶対に逃がしたらあかん。恵美子さんに感謝、感謝や。こんな男を選んでくれて)

研三は、書店の入り口に置いてある姿見まで行って、幸せ者の自分の顔を見た。

(幸せ者の顔って、こんな顔してんのか)

そこには、にやけた研三の顔が。思わず鼻の下を、無意識に人差し指でさすっている。

恵美子が買い物から帰ってきて、粉をとくのと、たこ焼きを焼くのは、研三の役目だ。恵美子は、その間にたこと、ウインナーを切っている。粉を薄くするだけ、焼き上がるまで時間がかかるが、出来上がったたこ焼きを食べた恵美子は、ニコッとして

「美味しい」

「そうでしょ」

「これだけ具が入ってたら。たこ焼きの側が固くって、中身はトロッとしていて、しかも具だくさんだから、とっても美味しいわ」

「何だか食レポみたい」

「いっぱい食べてください。たこ焼きはいっぱい食べて、食べきれなくなったら、次の日に、お吸い物に入れても美味しいですよ」

「ほんとうね。美味しそう」

「たこ焼きって、ビールに合いますね」

「いやぁ、研三君の作ってくれたたこ焼きだからよ」

「もっと作りますよ」

「ゆっくり食べましょ」

「はい」

研三は、恵美子にわずかしかない得意料理を食べてもらえて、素直に喜びを感じる。恵美子が

「しかし、たこ焼きをひっくり返すの、上手ね」

「えー、バイトしてたことあるんで」

「ほんとう?」

「嘘ですよ」

「なんだ」

「恵美子さんの笑顔が、見たくって」

「まぁ、嬉しいわ」


お盆休みに研三は、恵美子と二人で恵美子の父親の墓参りに出掛けた。研三は、恵美子の父親に挨拶をするために。その道程は、ローカル線に乗って二時間ほど。柿色に塗られている、わずか2両の気動車に乗って。列車の中のお客さんは、わずか数人だけ。

けれど研三は楽しくてしょうがない。ずっと恵美子と一緒だから。勿論、家でも一緒なんだが、二人での遠出は初めてなのだ。

恵美子は最初

「いいの、ほんとうに。大切なお休みでしょ」

「いつも本屋で読書して、コーヒー飲んでるだけじゃないですか。それより恵美子さんと何処かへ行けることの方が、楽しいですよ」

「そう、それならいいんだけど。サンドイッチを作ってきたわ」

と言って、恵美子はカバンの中から保冷パックに入れたサンドイッチを取り出して、列車の窓側にあるわずかな隙間に置いて、車窓から流れる田園風景を楽しみながら、サンドイッチを頬張った。二人に、気動車の独特なエンジン音が響いている。

父親の墓は、駅から歩いて30:分近くかかるが、のどかな田園風景に汗をふきふき、ペットボトルのお茶を交互に飲んで。研三は、恵美子の手を握って。そんな研三を、恵美子は立ち止まってじっと見つめ

「ありがとう」

「えっ」

「私と父のために」

「そんなの、当たり前じゃないですか。お父さんに挨拶しないと」

「私、幸せよ」

「勿論、僕もです」

この町の、町おこしにしようとしているのか、ひまわりの迷路と書かれた大きな看板が。


やがて二人は、恵美子の父親の墓の前に立つと

「僕、水汲んできます」

「うん、お願い」

しばらくして、研三がバケツに水を汲んでくると

「不思議な子がいたの」

「どんな子?」

辺りを見回した恵美子は

「いない」

「女の子でね。年は4、5歳くらいで、おかっぱ頭で、青いワンピース姿で。

私が草引きしてると、何をしてるんですかと言うんで、草引きしてるのよって言うと、私も手伝いますと言って、草を2本くらい引いてくれたの。

私がありがとうと言うと、女の子もありがとうございますって」

「へぇー、その子って妖精じゃないですか」

「そうかも」

と、研三と恵美子は、もう一度辺りを見回したが、やっぱり少女はいなかった。

妖精は、こんな時にあらわれるんだと、研三は思ってしまった。そう、気温35度以上の、ものすごく暑い中、30分以上も歩いて、そしてお墓に向かって手を合わせる気持ちはみな、ピュアな心になっているんだろうと。

(えっ、恵美子さんの前に妖精があらわれたということは、恵美子さんはまだまだピュアな心を持ってるんだ)

研三は思ってしまった。

(僕にはあるのかな。ピュアな心が)

その時、天の声が。

(おまえが、ひとりのひとを10年以上も思っていたのも、ピュアな心なんじゃ)

研三は

「えっ」

と、辺りをキョロキョロ見渡したが、誰もいるはずはない。その研三のしぐさをじつと見ていた恵美子は

「研三君、どうしたの」

「べ、別に」

「へんな研三君」




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