第5話

研三が仕事をしていると、同僚の上野が

「田上さん、何かいいことあったんですか」

「えっ」

「いやぁ、今までの田上さんやないもん」

「どうして」

「楽しそうに、鼻歌を歌いながら仕事してるし。手作り弁当持って来るし、彼女でも出来たんですか」

「まあ、そんなもんや」

「えー、いいなぁ。どんな方ですか、紹介して下さいよ」

「またな」

研三は、今まで軽口も聞かずに、黙々と仕事をするタイプだったので、同僚にとってはビックリする程の変化だ。ましてや、今までお昼はコンビニ弁当だった研三が、誰が見てもわかる手作り弁当を持ってきては、彼女が出来たことが、わからぬはずはない。

研三は、恵美子が弁当を作るというと、最初は嫌がっていたのだが

「コンビニ弁当は、栄養が片寄るから」

と言うことで結局、恵美子に押しきられ、会社へ弁当を持って行くことに。

手作り弁当を持って行くことについて、研三に彼女が出来たことが、同僚にバレてしまうと予想していたので

(だから、嫌やったんや)

と思った研三だったが、恵美子に弁当を作ってもらうことは、満更でもない。


研三が休みの日に、店番をしながら読書をしていると、そこへ

「すいません」

と、客がレジへ雑誌を持ってくると

「あっ、田上さん」

「あっ」

職場の同僚の上野だ。上野は研三に

「どうしたんですか」

「どうしたって、店番や」

「店番は、わかってますよ。どうしたって聞いてるんですよ」

「どうしたって、店番や」

「あのねぇ、田上さん。何でこの書店の店番をしてるのかって、聞いてるんですよ」

と、そこへ恵美子がコーヒーを2つ持ってきて

「どうしたの」

「会社の同僚の上野です」

と、研三は恵美子に紹介すると

「あっ、どうも」

「あっ、手作り弁当の」

恵美子と上野は、互いに頭を下げた。

と、研三は上野に袋に入れた書籍を渡して

「はい、1080円ね」

「ありがとうございます」

どちらが客か、わからない。上野がお金を払うと

「ありがとうございました」

と、ある意味強制的に、上野を帰らせてしまった。そして上野を見送った研三は

「あーぁ、明日職場に行ったら、恵美子さんと僕のことが、拡散してるんやろうな」

すると恵美子は、研三の手を握って

「いいじゃない。拡散させれば」

研三は、恵美子を見つめ

「そうですね。逆に恵美子さんとのこと、自慢出来るし」

二人は顔を見合せ、ニコッとした。


明くる日、研三が職場へ行って、お昼休みに恵美子に作ってもらった弁当を食べていると、案の定、上野が奥田という後輩を連れて、研三の席の横にやってきて

「田上さん、綺麗な奥さんねすね。その弁当は、奥さんの手作りですか」

「うん」

研三は、二人を無視して恵美子の手作り弁当を食べている。研三の好きな、ウインナーをベーコンで巻いた物に、卵焼き、野菜はブロッコリー、そしてご飯の上には、塩ゴマが乗せてある。研三は

(この弁当に、自分の幸せが全て詰まってる。あー、恵美子さんの弁当は旨い)

上野が

「旨そうに、食べてはりますね。何処で知り合ったんですか。あんな綺麗なひとと」

食事の手を止め、顔を上げた研三は

「本屋」

「えっ、けど本屋で店番してましたやん」

「あの本屋で知り合ったんや。恵美子さんがその時、店番してたんや」

上野は、奥田を見て

「恵美子さんやって、いいなぁ」

上野の横で、奥田も頷いている。研三は箸を止めて

「あー、きっと二人にも赤い糸ってもんが、絶対にあるはずや。その時に勇気を持って相手に告白するんや。それが僕からのアドバイス、以上」

と、研三は言うだけ言うと、また弁当を食べだした。

上野が

「田上さん。今日、一緒に飲みに行きませんか」

「店番せなあかん」

「あの本屋は、バイトですか」

「いや、あの本屋は恵美子さんの店」

「だとしたら、少々帰るのが遅くなっても、いいじゃないですか」

「いや、恵美子さんと晩飯約束してるから」

「一晩くらい、いいじゃないですか」

研三は、箸を持ったまま急に立ち上がって、上野と奥田を見て

「お前らも、一緒になったらわかるわ。最もまだ同棲やけど、いっときでも恵美子さんのそばにいたいから。今からでも、すぐに飛んで帰りたいくらいや」

「そんなもんですか」

上野に奥田が

「そんなもんかもしれんぞ。俺ももし彼女が出来たら、ずっと一緒にいたいと思うもんな」

上野も頷いて、二人は缶コーヒーを買いに行った。



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