ナマケモノのジレンマ

由希

晃介こうすけの事、ずっと好きだったの」


 卒業式、高校最後の日。幼馴染の菜摘なつみに告白されたその日、俺の人生は変わった。


 菜摘と初めて会ったのがいつなのかは、昔すぎてもう覚えていない。けれども家がご近所さんだった事もあり、物心がついた頃には既に、菜摘は俺の人生の中にいた。

 強気で負けず嫌いな菜摘とは、いつもケンカが絶えなかった。顔を合わせれば、お互い憎まれ口を叩き合っていた。

 けれども俺が落ち込むと、いつも何も言わずに側にいてくれた。傷付いてる誰かを更に傷付けるような事は、絶対にしない奴だった。

 そんな菜摘を、気が付けば、俺は……。


「……晃介?」


 名前を呼ばれ、我に返る。しまった、思考が明後日の方向に飛んでいた。

 状況を整理しよう。この場には俺達以外誰もおらず、目の前には顔を真っ赤にした菜摘がいて、そして俺を好きだと言った。

 それは、つまり、菜摘が俺に告白……。


「……っ!」


 ぶわっと、顔が一気に熱くなった。な、何だこれ、夢でも見てるのか俺!?

 思わず自分の頬を、全力でつねってしまう。……イテェ。自分でやった事だがくっそイテェ。

 つまりこれは、夢みたいだが夢じゃねえ。俺……本当に菜摘に告白されてんだ。

 からかってるとか罰ゲームとかの可能性も浮かんだけど、即座に否定した。菜摘はそういう、誰かを傷付ける為の嘘は大嫌いな奴だからだ。


「晃介……その……返事は……?」


 何も返事を返さない俺に、菜摘の表情がだんだん不安げなものに変わっていく。……そうだ。菜摘に返事をしなきゃいけない。

 言わなきゃ。俺もお前が好きだって。俺を好きになった事、一生後悔なんかさせないって。

 そう思って口を開こうとした、その時。


 ぐにゃり、と、突然視界が歪んだ。


「……あ?」


 急速に、足から力が抜けていく。俺は自分の体を支える事が出来なくなり、地面へと倒れ込んでいく。


「……え? 晃介……?」


 傾いていく視界の端に呆然とした表情の菜摘が映り、すぐに消えた。横倒しになった菜摘の肩、胴、足が順番に流れて、やがて全身を打つ激しい痛みと共に爪先だけしか見えなくなった。


「晃介? ……え、冗談……だよね……?」


 耳に届く菜摘の声が、微かに震えているのが解った。今すぐ起き上がって大丈夫だと言いたいのに、身体中が岩でも括り付けられたみたいに重くて、指一本動かす事が出来ない。

 襲ってくる、急激な眠気。体中の痛みが全部鈍く、遠くなっていく。


「やだ……やだ! 起きてよ、返事してよ、晃介ぇ……!」


 体をゆさゆさと揺さぶりながら、涙混じりにそう呼びかけ続ける菜摘の声を聞きながら、俺の思考は完全に停止した。



 ——改めて、この言葉を繰り返そう。

 卒業式、高校最後の日。幼馴染の菜摘に告白されたその日、俺の人生は変わった。

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