3 シナリオライター、光源氏をサレ妻もののモラハラ夫だとこきおろす

 前職は、大手のゲーム会社でシナリオライターとして勤めていたという坂井ディレクター。どうやら、真剣に私の意見について考えてくれているらしい。

 こんな新人の意見に耳を傾けてくれる真面目なところは、とても好感度が高い。

 光源氏とは大違いの真面目さである。

 

「自分、前職で作っていたのが美少女擬人化キャラゲーなんで、乙女ゲーム好きな女性の気持ちがわかるとは言いがたいのですが……。身分の低い女性が高スペックイケメンにくどかれるっていうのは、女性的に“キュン”とくるポイントにはならないんですかね? 乙女ゲーム的にどうなんですか?」

「う~ん……そのシチュエーションが単独に存在しているなら、キュンとするかもしれません。たとえば、『源氏物語』冒頭の桐壺帝と桐壺更衣の物語だったら……」

「はい」

「後宮で、弘徽殿女御こきでんのにょうごはじめ、ほかの妃たちからヒロインがいじめられて、それでも桐壺帝はヒロインを愛し続ける――ここまでだったら、女性に受けるかもしれません。ただ、乙女ゲームだったら、ほかの攻略キャラも必要なので、どちらかというと女性向けラノベですかね」

「なるほど」

「ただまあ、現代のラノベだったら、桐壺更衣が亡くなった後に、実は殺人ではないかと侍女の一人が疑って真犯人をつきとめるという展開の小説になりそうですけど。もしくは、桐壺更衣が亡くなったというのは嘘。亡くなったのは真犯人をあぶり出すための策略。実は桐壺更衣は生きていた! ……なんて展開にして、弘徽殿女御やいじめてた妃たちに対して派手に“ざまぁ”しますかね。そして桐壺更衣は桐壺帝に溺愛され、身分差もなんのその中宮となり幸せに暮らしました。……その桐壺更衣をくどく新たなイケメンたちが次々と現れて、さあどうなる? というのが女性向けですね」

「ああ、なるほど確かに、それは面白そうですね。読んでみたいです」


 坂井ディレクターは素直だ。目を輝かせながら、うんうんと頷いている。

 お世辞ではなく、私の提案したストーリーを楽しんで聞いてくれているのがよくわかる。

 かくいう私も、そんなストーリーなら書いてみたいと思うのだった。


「ですが、光源氏が登場してからはダメです」

「でも、光源氏は身分の低い夕顔の君や空蝉の君も愛しますよね。それに、不細工な末摘花すえつむはなとか年配の源典侍げんのないしのすけとかにもアプローチするじゃないですか。それって『私でもハイスペック青年の恋愛対象になるかも?』ってときめかないものですか?」

「いや、乙女ゲームのプレイヤーは『私、ブスだからこんなヒーローに愛されるなんて無理!』とか思いながらストーリーを読まないですよ。読んでる間はせめて美女になりたいじゃないですか。なんで、夢の世界でまで『私はブス』とか『私はオバチャン』とか意識しながらロマンス読まなきゃいけないんですか。男性だって、そうですよね。『転生しても俺弱いしブサイクだしチートなしだしいいところひとつもないけど物好きな酒場のお姉ちゃんが哀れんで割のいいクエストを回してくれてます』って異世界ファンタジー小説があったとしたら読みたいですか?」

「う~ん、石川さんの説明が面白くて、ある意味どんな展開になるのか読んでみたい気はしました」


 坂井ディレクターはくすりと笑う。

 笑うといつもより幼く見えて、少しかわいい。

 私ってば、なんてことを思ってるんだろう──無意識に浮かんできた坂井ディレクターへの印象を打ち消し、話を続ける。


「話戻しますけど。光源氏のやってることって浮気されてる正妻側からしたら、どうなんでしょう。……たとえば、これ、葵の上がヒロインの物語だったとしたら、ヒーローに全然ときめかないですよね? 現代と平安時代で倫理観や恋愛観が違うので一概には言えませんけど、浮気しまくりじゃないですか。むしろ、“サレ妻”モノで復讐されるモラハラ夫に近いですよ、光源氏」

「ああ~、そうかぁ~、言われてみれば確かにそうでした……」


 坂井ディレクターは、私の説明を理解してくれたようで頭を抱えつつ頷く。

 意見を押し付けず、素直に受けいれてくれるところは本当に好感度が高いと思う。

 ここでもう一押し。

 この企画では難しいということを伝えたら、企画の根底から考え直してくれるだろうか。


「だから、そもそも乙女ゲームの題材に『源氏物語』っていうのは無理があると思うんですよね。男性向けにするか……、あるいは乙女ゲームにしたいなら平安時代を題材に、全然別のオリジナルにするか……。できないですかね?」

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