4 シナリオライター、六条御息所に憑依する?
「企画自体を変えたいということですか。う~ん……社長、直々の企画なので、ちょっとそれは……。そもそも社長が『源氏物語』が大好きで、立案した企画なんですよ」
株式会社ユニコーン。
女性CEO・佐藤
経験のない私なんかを業務委託とはいえ、いきなりシナリオライターとして抜擢してくれたのには訳がある。
社長自身が素人同然なのである。
起業前は、WEBメディアのPM(プロダクトマネージャー)をしていたらしい。
スマートフォン・アプリ事業の経験はない。
憧れだけで起業したのである。
私と大差ないと言えば大差ない。
違いは資金調達能力と経営能力だろうか。
今、実際に収入源になっているのは、メディア事業や広告事業のようだ。それらを軸に、夢だったアプリ事業にも参画したのである。
「はぁ、なるほど……プランナーは社長だったんですね」
「そうなんです」
「だとしたら、坂井さんから『これは企画に無理がありますよ』と説得していただくのは……」
「難しいでしょうね」
「はぁ……」
私たちは、二人揃って大きなため息を吐いた。
結局、ビデオ会議ではたいした収穫もなく、坂井ディレクターとの通話を終えた。
「何かあったら遠慮なくいつでもチャットで相談してください」
通話を切断する直前、そんな優しい言葉を残してくれた坂井ディレクターに頼もしさを感じつつ、私は進まない原稿のウインドウと再び向き合うこととなった。
遅かれ早かれ、また坂井ディレクターのお世話になるに違いない。
自分一人では、この泥沼作業から抜け出す道筋が見えないのだ。
「進まない……進むわけがないわ。どうやったら、このクズ男を魅力的に描けるというの? いや……ものすごい実績のあるライターさんなら、うま~くまとめるのかもしれないけど。私みたいな新人には無理だって! だって、自分だったらこんなクズ男、明らかな地雷だから避けたいもの! だって誰だって誠実で、自分一人だけを愛してくれるような男性に選ばれたいでしょ? 平安時代ならともかく、現代ではそうでしょ? そうじゃなきゃ、キュンとしないでしょ!?」
私は頭を抱え込み――悩んで悩んで考え過ぎて、いつの間にか意識を失っていた――。
◆
「
「んん……」
「大丈夫でいらっしゃいますか? うなされておいでのようでいらっしゃいましたが、また例の夢をご覧になられたのですか?」
自宅のパソコンの前に突っ伏して寝落ちしてしまったと思っていた。
一人暮らしなのに、私に声を掛けてくる人がいるとは……女性の声だがいったい誰なのだろう。
合鍵を持っている友人はいない。
いつの間にか、誰か部屋に侵入して来たのだろうか?
不審人物──?
だとしたらまずいのではないか?
私は内心焦りながら目を開ける。
「えっ……」
私に声を掛けていたのは、それこそ『源氏物語』に出て来そうな十二単を着た髪の長い女性である。
身につけているのは素人目にもわかる上等な絹。観光地で見るようなペラペラの化繊の着物ではない。柄も丁寧に刺繍を施されたものだ。
長い髪もかつらには見えない。
四方は、これまた高価そうな絹で作られた衝立──
私はパソコンの置かれた机ではなく、
まるで、ドラマのセットの中に放り込まれたようだけれど、どこにもテレビカメラのようなものは見えない。
(どういうこと――?)
幻覚かと思ってしきりに目を擦り、まばたきを繰り返してみるが、周囲の情景も目の前の女性も消えはしない。先ほどと変わることなく、目の前にしっかりと存在している。
心臓は全力疾走をした後のように、激しい鼓動を繰り返していた。
乙女ゲームのシナリオではイケメンを目の前にしたとき、突然迫られたときに、心臓がバクバク、ドキドキ激しく鳴り響くというのがお決まりだ。
ただ残念ながら、今現在、私の心臓がドキドキしているのはそんな甘い展開のせいではない。目の前で起きている信じられない出来事による動揺が鼓動の原因である。
「どうかされましたか?」
どうかされたも何も……。
ここはどこ、私は誰? 状態である。
心配してくれているけれど、こちらこそ他人の部屋に忍び込んだ不審人物なのではないか?
「え……、私は……? “例の夢”とは……?」
「御方さまはおっしゃっていたではないですか。先日の葵祭での騒動以来、源氏の北の方さまの夢をご覧になられると」
「御方さま……? 源氏の北の方さま……?」
「ええ……」
(嘘でしょ……葵祭での騒動? それって……、それって、まるで――)
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