2 『源氏物語』は光源氏の俺TUEEEハーレム小説なのか?(改)
ピロン。
パソコンの通知音が鳴る。
ビデオ会議のリクエストだ。
忘れていたが、そろそろ定例会議の時間だ。
「お疲れ様です、石山ゆかりさん」
申し訳なさそうな表情を浮かべたディレクターが、画面の向こうで挨拶をした。
こんな無茶な案件を振ってくる会社だが、新人へのフォローはしっかりしている。
一週間に数回、定例のビデオ会議を設けてくれているのだ。
ディレクターの名は坂井亮。
年の頃は、私と同じぐらいだろうか。
本人いわくゲームオタクらしいが、そうは見えない爽やかな雰囲気の青年だった。
少し長めの黒髪はサラサラしていて、清潔感がある。シルバーのフレームのクラシカルなメガネは、ともすればオタクっぽさを醸し出しそうなツールのひとつだが、彼の場合は知的さを演出するアイテムになっていた。
しっかりしているのは会社ではなく、もしかすると坂井個人なのかもしれない。
一見、冷たそうにも感じられる外見だが、実は優しく面倒見がよい。
この業界に入って右も左もわからなかった私を一から根気よく指導してくれたのが、坂井だった。
仕様書の読み方や使い方、キャラ表や背景一覧表など各種設定資料を使って、どうシナリオという形に仕上げていくか。
教えてくれたのはすべて坂井だ。
最初は大量のコメントが付けられ「一からやりなおし」と原稿を突き返される日々が続いたが、研修を繰り返しなんとか信用を勝ち得ることができたのか、ようやくプロットから任されるようになった。
その一から任されるようになった案件が、『源氏物語』とは……計算外だったけれど。
「お疲れ様です」
「進捗はいかがでしょうか?」
「申し訳ごさいません。…………進みません」
「それはどうして……」
「光源氏とかいうヒーローがクズすぎて、乙女ゲームとして展開できないんです」
ド直球の返答を返すと、画面の向こうでディレクターがおし黙った。
研修期間を経て、少しずつ交流を深めたおかげで、今ではこんなふうに自分の意見を言える仲になっている。
「…………」
「これ、逆に美少女ハーレムゲームにしちゃ駄目なんですかね? 『源氏物語』って……あの、私もこれまでおおまかなあらすじしか知らなくて、今回初めて読んでみたんですけど」
「はい、どうでした? どう思われましたか?」
「どうでしたかも何も、この『源氏物語』って、乙女ゲームというよりはどっちかというと、チート能力を持った男性主人公がいろんな属性の女性キャラでハーレム作る男性向けラノベですよね?」
「えっ、そう……ですかね? そうなんですか」
かなり、ズケズケと物申してしまったが、坂井は止めることなく私の意見を聞いてくれる。
「これ、本当に平安時代に女性が書いたんですかね。いや、女性が書いたのかもしれないですけど、読者層は女性じゃなくて男性だったんじゃないですかね」
「う~ん、それはそうかもしれないですね。僕も、今回の企画を進めるにあたって『源氏物語』について書かれた新書とか解説本を読んでみて初めて知ったんですけど、藤原道長や
「ほらぁ、やっぱりそうじゃないですか。これって、女性作家が書いたってだけで、平安時代の男性向け“俺TUEEE小説”だったんじゃないですか? だって、女性キャラの扱いがひどすぎるんですよ。現代だって、男性向けラノベを女性作家が書くことだってありますものね」
「それはあると思いますけど、『源氏物語』が男性向け俺TUEEEE……? う~ん……、そうなんですかね」
「いや、わからないですよ、本当のところはわからないですけど。だって、これどう考えても男性が気持ちよくなるポイントしかないじゃないですか。『源氏物語』の宇治十帖とかは読んでないので、光源氏が出てくる部分……特に、第一部と言われる『藤裏葉巻』までだけで語りますけど。確かに、藤原道長とか男性の貴族が読んだら爽快感あって気持ちいいかもしれませんよ。──皇族に生まれたけど母の身分が低いため、皇族から追放されて源氏という貴族身分に落とされる。でも、優秀だったからあっという間に出世して女性にモテモテでハーレム形成。優秀……というか、光源氏って人生何周目なんですかっていうぐらい、チートレベルの優秀さですよね。イケメンで歌も上手、舞も上手、絵も上手、政治能力も高いって。戦闘能力はちょっとわかりませんけど、それ以外のパラメーターは全部MAXかってぐらいの……これ、現代でも男性に人気の王道パターンですよね?」
「言われてみれば確かにそうとも読めるか……。う~ん、なるほど。パーティーから追放、からの俺TUEEEEハーレムだったのか……」
「ですよ。一方、女性は不幸なキャラばかり。女性としてキュンとするシーンがないんですよね」
「う~ん……」
坂井ディレクターは腕組みをしてそのまま考え込んでしまった。
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