序2 夕顔や空蝉と脳内会議を始めた六条御息所、謎の人物からのアプローチにときめく

 夕顔の君は、六条御息所と同じく『源氏物語』の登場人物だ。

 私は、六条御息所の隣の席を指し示すが、「ありがとうございます」と頷きながらも1つ空けた席へと着く。

 夕顔の君は、光源氏と共に外出し、廃屋での逢瀬を楽しんでいたところ何者かわからぬ悪霊に取り憑かれて殺された。

 その悪霊の正体が六条御息所かどうかはわからない。

 六条御息所自身にも記憶がない。

 しかし、夕顔の君は六条御息所を疑っているようだ。

 こうやって別の物語に出張して来てまでも、二人の仲はよそよそしい。

 そもそも、同じ光源氏の側室同士、仲良くしろというのが無理な話なのかもしれない。


「まあまあ、あなたは生前、十分に幸せな思いをされているではありませんか」


 次に脳内会議室へと顔を出したのは、空蝉うつせみの君だ。

 そう、空蝉の君もまた、悪役令嬢メアリの中にいる。

 

「夕顔の君は、頭中将様に愛されて姫君を産み、さらに源氏の君にも愛されるなんて幸せだったではありませんか。そのご身分を考えれば十分過ぎるほどの幸せをもう堪能されたのではないかと。それに比べると……わたくしなんて」

「あ、空蝉の君も、どうぞ、どうぞ」


 私はなかばうんざりしながら、愚痴を口にしながら登場した空蝉の君にも着席をすすめる。


「それは、あなたが変な自尊心をふりかざして、源氏の君から逃げることで永遠に記憶の中へとどまろうなどとされたからでは?」

「まあ、随分なおっしゃりようですわね。あなたのようなあざといやり方、わたくしは存じ上げなかっただけですわ。五条の小さな家で自分を養ってくれる貴人を待ち、寄ってきた獲物を自ら仕掛けて釣り上げるだなんて」

「空蝉の君こそ、ひどいおっしゃりよう。わたくし、頭中将様の北の方からいじめられて、そっと五条に身を隠していただけですのに。源氏の君との出逢いも偶然ですわ」


 空蝉の君は、夕顔の君と軽くやりあいながら、夕顔の君とも六条御息所とも、少し離れた席に着く。


 『源氏物語』の中で幸せになれなかった脇役たちは、六条御息所の魂を追いかけるようにして、物語を越境して来た。

 そして、越境したストーリーの中でハッピーエンドを求めているのだが……私のナビゲートが悪いせいか、別の人物に憑依しても、なかなか幸せを掴めずにいる。


 ヒロインのイヴに憑依していれば、ユリウス王太子とのハッピーエンドを拝めたことだろう。しかし、脇役の魂はあくまでも脇役にしか共鳴しないのか。

 今回も、主役ではなく悪役令嬢メアリに憑依してしまったせいで、婚約破棄、そして断罪ルートに入ってしまった。

 

 光源氏からの愛が覚め、他の登場人物を取り殺すという役割――すなわち運命を持つ六条御息所を幸せにすることは、かなわないのだろうか。そして、ほかの不幸せな脇役たちも幸せにすることはかなわないのだろうか。

 彼女たちがそんな役目は望んでなどいないにもかかわらず、不幸せな脇役は引き立て役のままでしかいられないのか――。


 そんなことを思いため息をついていると、今度は悪役令嬢メアリ本人が脳内会議室に乱入して来る。


「ちょっと、先ほどからあなたたちわたくしの頭の中でうるさいですわよ!」

「まあ、メアリ様、どうぞどうぞ」


 私はメアリのために用意した西洋風の椅子をすすめる。

 メアリ自身もため息をつきながら、その椅子に腰を掛けた。

 私なら、イライラするあまりドカッと腰掛けてしまいそうだが、あくまでも身分の高い公爵令嬢らしく、ドレスの端をつまみながら美しい所作で椅子に座った。


「わたくしだって、好きでこんな役を演じているわけではありませんの。別に、イヴをいじめたつもりもありませんし、いじめなんて率先してするわけがないではありませんか。わたくしも、皆さまと同じく幸せになりたいと思っていますのよ」

「それはそうですわね、誰も不幸になることなど望みませんわよね」


 六条御息所も悪役令嬢メアリに同意する。

 

「ええ、ですから、少しはこの先の結末を変えられるように相談してくださればいいのに……。何か建設的な案を考えくだっているのかと思えば、先ほどから皆さまでずっと喧嘩ばかり」

「それは失礼いたしました、メアリ様」


 さすが元東宮妃。

 六条御息所は、公爵令嬢メアリに勝るとも劣らぬ美しい所作で頭を下げると詫びた。


「それにしても、このイヴとかいう聖女、あまりにあざとすぎませんか。王太子だけではなく、メアリ様の弟君にも、王太子の側近にも色目を使っていたじゃありません?」


「ああ、それは乙女ゲームなので攻略対象者には……」


 夕顔の君の文句に私が説明しようとすると、それをさえぎるように空蝉の君が食い気味で会話に入って来る。


「イヴ殿は確かにいけすかない女ですけど、夕顔の君には言われたくないのではありません? やっていることは、お二人とも似たようなものではないですか」

「いえ、だからそれは……! わたくしは、頭中将様とは完全に関係が切れた状態で五条におりましたので……!」

 

 また、喧嘩が始まってしまった。

 私は、はあっと何度目かのため息をつく。

 悪役令嬢メアリも、六条御息所も。大きなため息をついている。


 ――そのときだった。

 聞きなれない凜とした、それでいてほのかな甘さを含んだ声が背後から響いて来たのは。


【???】

「なるほど、メアリ嬢と婚約破棄されるのですか? それなら、私がメアリ嬢に求婚しても何ら問題はありませんよね、ユリウス王太子?」


 その瞬間、六条御息所の頬が赤く上気した。夕顔の君も空蝉の君も、悪役令嬢メアリも。そして、私も胸の高鳴りを抑えることができなかった――。

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