六条御息所、『源氏物語』よりあくがれ出でて悪役令嬢に転生する
中臣悠月
序 六条御息所、悪役令嬢メアリになる
序1 六条御息所、悪役令嬢メアリとして婚約破棄される
//背景:卒業パーティーの大広間・夜
【ユリウス王太子】
※威厳※
「メアリ・カールフェルト公爵令嬢、そなたは聖女イヴをいじめたそうだな」
【メアリ】
※動揺・悲しみ※
「っ……いいえ、わたくしは決してそんなことは……!」
【イヴ】
※悲しみ・涙差分※
「いじめたではありませんか! 私が身分が低いからと、きっと見下しているのですわ!」
【ユリウス王太子】
※怒り※
「決まりだ。私はメアリ嬢との婚約を破棄する。そして、イヴをいじめた罪によりメアリ嬢は国外追放とする!」
◆
「シナリオライター殿。わたくしは、ここでも主役をいじめた役になるんですか?」
「ええと……」
目の前で繰り広げられていた断罪劇が一時停止の状態となり、頭の中に直接声が響いた。
私と六条御息所はなかば魂が混じりあった状態で、乙女ゲームの悪役令嬢メアリの身体の中にいた。
『源氏物語』の登場人物の一人、六条御息所。
六条御息所は、光源氏に愛された女性の一人。
早世した
彼女は物思いが募ると、ボーッとした状態になり魂が身体から抜け出てしまう。
これを「魂があくがれ出る」と言う。
そして、ほかの人物に憑依してしまうのだ。
ある種の特殊能力だと言えよう。
しかし、その能力は彼女を不幸にする。光源氏の正室、葵の上が亡くなったのは怨霊となった六条御息所のせいだ、と。
源氏との別れの原因ともなってしまった悲しい能力である。
「ちょっといったん腰を落ち着けて、これからのことを相談しませんか? 六条御息所様」
「話したところで無駄です」
「いえ、そんなことは……! 六条御息所様は歌もとても上手でいらっしゃいますし教養も人一倍お持ちですし……、こんなひどい目にばかり遭う筋合いなどありません――と、私は思います!」
「いえ、わたくし思い上がっておりました。そんなもの持っていたところで、何もならないのですわね。自尊心ばかり高くなって、よいことなどひとつもありませんでしたもの。わたくしは幸せになる価値などない人間なのです」
「何をおっしゃいます……!」
頭の中で六条御息所は私に反論を続けている。
――正直、面倒くさいところもあるが、放ってはおけない。
私と六条御息所は、脳内会議室へと移動する。
部屋の調度は、平安時代の貴族の邸そのまま。床の上にいくつかの敷物が置かれ、周囲は
本来なら上座にのみ畳が敷かれるのだろう。しかし、ここでは“誰が偉い”という身分の上下はない。自由に発言ができる場のため、敷物は輪になるように置かれている。
西洋なら、中央に丸テーブルでも置かれ、さしずめ“円卓の間”とでも呼ばれるのだろう。
いわゆる十二単――正式名称・
「幸せになる価値などない」といった自虐的なセリフを口にしてはいるが、あくまでも元東宮妃というプライドは失わず、凜とした口調で言葉を紡ぎ続ける。
「わたくし、光の君の北の方様のことも恨んでいたわけではないのです」
「ええ、わかっています。あなたのつらさや悲しみをわかっているから、こうして一緒に旅を続けているのではないですか」
「しかし、他の作品の登場人物に憑依しても、いつもわたくしが悪いと責められるばかりで……」
「すみません、それは私が……道案内したゲームが間違っていたのだと思います、謝ります」
私たちは、幽体離脱と憑依という六条御息所の特殊能力を使い『源氏物語』を脱出し、旅を続けていた。
六条御息所が、溺愛されるルートを探して。
今のところ、まったくうまくいっていないけれど。
「いえ、シナリオライター殿はあのヒロイン・イヴとやらの中に入るようにと教えてくださった。あなたの道案内は間違ってはおりませんわ。わたくしが……」
「……」
「わたくしが、ヒロインの身体に入ろうとすると弾き出されてしまうのが悪いのです。取り憑くことならばできるのですが……」
「……」
――それは、きっと……。
“六条御息所”という役割が持つ特有のスキルというか、役割のようなものなのだろう。
「ああ、わたくしはいったいいつになったら幸せになれるのでしょう?」
「あのう……そんなことを言い出したら、わたくしだって。物の怪に取り殺されたわたくしだって、いい加減幸せになりたいと思っておりますのよ」
「あ……! 夕顔の君。どうぞどうぞ、お座りください」
夕顔の君が、“脳内会議室”に顔を出した。
――そう、悪役令嬢メアリの中にいるのは、私と六条御息所だけではない。
夕顔の君もまた、『源氏物語』から抜け出して、私たちと共に悪役令嬢メアリの中にいるのだった。
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