第43話 ククの狩り



 シシと運命のツガイになり、解放されて数日が経った頃、ククはシシのことが理解できず、書庫でシシに寄りかかりながら頭を悩ませていた。



(うーん……分からない。シシが難しいことを考えてるってことは分かるんだけどな)



「いや、分かってないよね?クク、それは分かってるうちに入らないよ」



「むっ……分かってるよ。僕には理解できない感覚ってだけで、僕なりに理解はしてるつもり」



「まあ、それはそれで俺は面白いけどね。別に、分からなくてもいいと思うよ。考え方なんて、人それぞれだからね。いろんな考えの人がいるから、こうして世界が成り立っているわけだし、完全に理解する事なんて無理だよ。ただ、俺達は運命のツガイになって共有できるだけ」



 いくら考えても、理解できないものはあるのだ。

 それはシシも同じではあるが、シシはその事を楽しんでいるのに対し、ククは運命のオメガとして育ててもらっているため、シシを真似る事はやめられない。

 それによって理解しようとするのだが、全てを共有しても完全に同じ心を持つ事は不可能なのだ。



「共有したら、僕も同じになれるのかと思ってた。でも、シシの感情とかを感じ取れても、それを理解して、同じように生きる事はできないんだ。どうして……僕はシシと同じになりたい。シシとひとつになりたい」



「それ、誘ってる?」



「誘ってない!僕はシシが大好きなんだ。愛してるから一緒になりたい」



「可愛いね、クク。そんなにひとつになりたいなら、俺達二人の真名を考えようか。魂がひとつになって、俺達の真名をひとつにするのも有りでしょ?」



 魂がひとつになったという事に気づいていなかったククは、目を丸くして驚き、シシは苦笑いでククの頬を人差し指で突く。

 ククは、魂までシシと共有しているとは思わず、シシの考えなどを共有しても、自分の世界に入ってしまっていて、正直ククにとっては今までとあまり変わっていなかったのだ。



「……僕、シシと一緒?」



「うん、そうだよ。俺とククは二人でひとつ」



「キュ、キュ……好きな人とひとつ……僕とシシが、同じ魂で……僕のシシ。僕だけのシシ。僕もシシのもの。シシは僕で僕はシシで……」



 鳴き声が洩れてしまうほど興奮し、尻尾をブンブン振って顔を赤くするククは、自分でも何を言っているのか分からなかった。

 だが、そんな事を気にする余裕もなく、シシが自分の一部となった事で、初めて狩りをしたような感覚になり、捕食者としての本能が剥き出しになる。



「クク?発情して――」



「シシ、シシ……僕だけのアルファ。僕の一部で、僕の運命。好きも愛してるも足りないんだ。僕を愛して、僕を見て、僕に触れて――」



 ククがシシに迫り、発情のフェロモンでシシを誘えば、シシは術を使って一瞬で巣の中にククを連れて行き、狂ったようにシシを求めるククの好きにさせた。

 ククはオメガではあるが、シャチである事に変わりはないため、恋愛的な意味の狩りや魅了する狩りは得意であった。

 ククがその気にさえなれば、運命のオメガでシャチという種族であるククに抗える者はいない。

 それはシシも例外ではないが、そもそもシシの場合は既にククに夢中であるため、ククからの誘いを断るわけがなかった。



 それから数日、ククはシシを求め続け、正気に戻った時にはシシがククに夢中になっていたが、ククはなんとか逃れた。

 だが、捕食者としてのククに魅了されたシシは、ククへの愛がこれまで以上に溢れてしまい、ククに毎日のように花を渡して求愛を始めてしまったのだ。



「クク、愛してる。これも巣に入れて」



「あ、ありがとう。でも、僕の巣は完成してて――」



「確かに桜は咲いたよ。だから次は子づくり。俺達のような神には、魂からの子づくりになる。ククが俺を誘ったんだよ」



 アルファの求愛は滅多にないが、オメガへの気持ちのアピールとして、自分が良いと思った物を渡すのだ。

 それはアルファの発情期とは違って、オメガを不快にさせるものでもなければ、オメガを責めるようなものでもなく、ただただツガイに甘える行為なのだ。

 アルファがオメガに甘えるというのは、自分の愛を目に見える形にしたいという欲であり、シシは魂や命を愛していたからこそ、子づくりを求愛に選んだのだ。



「今の僕が親になれるとは思えないよ」



「それは俺も同じ。だから、二人で時間をかけて親になっていこう。大丈夫。魂が生まれて、そこに命が宿るには時間がかかる。成長にだって時間が必要でしょ。俺はククしか愛せないけど、俺がククに与えた愛は、既にククの中にある。俺の分までククが愛を与えてあげて。そうしたら、立派な神が育つから」



(難しい……でも、これは僕の成長の為?シシは、僕にいろんな事を体験させようとしてるんだ。ただ、そんな理由で生まれてくる子は幸せなのかな。かわいそうじゃないのかな)



「クク、大丈夫だよ。親だって完璧じゃないし、子どもだって完璧な親を求めない。ただ愛してあげればいい。きっと自分の子は可愛いよ。愛してあげれば、それは子どもにとって最高の幸せだと思うよ。欲が出てしまうのは仕方ないし、反抗される事だってあるかもしれないけど、それでも愛さえあればきっと伝わる。俺の愛がククに伝わったようにね」



 シシも手探りでククを育て、間違いや強引な部分があっても、今のククは誰から見ても幸せだった。

 そしてそれはククも理解していて、自分が体験した事を与えてあげればいいのだと分かった今、シシの求愛の証である花を初めて自ら受け取った。


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