第44話 古竜



 ククは花を受け取ると、尻尾を揺らして顔を赤くし、頬を膨らませる。

 シシの求愛は嬉しく思っていて、シシとの子どもなら可愛いのは当然だろうと思っていた。

 だが、ククにとっては一つだけ不満があった。



「シシも、ちゃんとお父さんになって。僕との子を愛せないなんて言わせない。僕を愛してくれるなら、僕の子も愛して」



「ククがそれを望むなら……けど、厳しくはなるかもしれない。アルファであれば尚更……だから、ククが優しくしてあげて」



(まだアルファかどうかも決まってないのに……でも、厳しいからって愛がないわけじゃないもんね)



「分かった。それなら、早く――」



「クク、子づくりは急ぐものじゃないよ。俺の求愛はずっと続くけど、子どもは俺達にとって良いタイミングで生まれるからね。俺達はただ、愛し合っていればいいんだよ」



「そういうものなの?」



「神なんてそういうものだよ。そして神の子もまた、下界の子どもとは違う。ククは下界に転生してしまったから、そちらの影響が強いけどね」



 ククは、そういうものかと思いながら、今すぐに親になる必要はないという事に安心したと同時に、どこか寂しい気持ちになった。

 それを感じ取ったかのように、シシがククを連れ出して白狼の元へ行けば、ちょうど良くサランも遊びに来たため、ククは謎の寂しさを紛らわせるように遊び、その間にシシはジオラマの更新をした。



 それから毎日、シシの求愛を受け取るククは、枯れないようにして巣に持ち込み、シシには触れさせないようにした。

 そんな日々が続き、穏やかに過ごしていた二人が真名を決めている時、突然宮殿が揺れ、古竜がやって来たのだ。

 古竜はククを口説く為に、あらゆるものを用意した。

 ククは何が好きなのかと想像しながら、下界での土産話なども用意したようだが、ククは宮殿の外には出ず、窓にも近寄らないようにした。

 だが、そんな監禁状態に、ククが耐えられるはずもなく、桜で身を包む龍の姿となったシシが、ククを隠しながら外へと連れ出した。



(シシとデート!久しぶりのデート!)



 尻尾を揺らしてシシの手のひらに乗っているククは、シシの大きな鼻に触れて口づけをする。

 久しぶりのデートと、外へ行ける自由に喜ぶククだが、そんな二人を追いかけるように、漆黒の竜が飛んできた。



「――クク……クク!」



「はぁ……やっぱり来たね。クク、俺はククを信じているけど、大切なツガイが口説かれるのを、おとなしく見てることなんてできないよ」



「分かってる。僕にはいい考えがあるんだ!シシだって、いい考えだって言ってくれたでしょ?」



「それは言ったけど……ククが口説かれるのは変わらないからね。それを黙って見ていることなんてできない」



 シシが広い場所に下り、龍の姿のままククを地面に下ろすと、古竜も同じ場所に下りてきて、大きな手でククに触れようとした。

 しかし、シシがククを隠せば、ものすごく落ち込んでボロボロと涙を流す。

 こんな姿の古竜を初めて見た時、ククは驚きすぎて逆に怖がってしまったが、今では本来の古竜が内気な性格だと分かっているため、仕方なさそうにシシを見上げる。



「古竜……いや、ノノ。ククは俺のツガイで、何度も断ってるはずだけど?」



「……諦められない。ツガイでなくてもいい。恋人でなくてもいい。ただ、そばにいたい。できる事なら話をしたい」



(古竜は可愛い。シシも古竜には甘い気がするし、僕をツガイにしようとしてなかったら、きっとここまで警戒はしなかったんだろうな)



 ノノという呼び名で古竜を呼ぶシシからは、心の底から嫌がっている様子はなく、むしろ手のかかる兄を相手にしているように思えた。

 そのため、ククもあまり古竜を警戒しないようになり、こうして外に出るようにしたのだ。



「好きになったのなら仕方ないけど、ククを口説くのはやめてほしい。その、贈り物の求愛も必要ない」



(僕に話しかけるだけで、口説いてると見なされる古竜はかわいそうだけど、僕達の子がオメガだったら、古竜に会わせてもいいと思うんだよね。それで、もしもツガイになるなら、その時はシシも僕を口説いてるとは思わないはず)



 ククのいい考えとは、自分達の子どもがオメガであった場合の事であり、一途な古竜になら任せてもいいと思ったため、それについてシシから古竜に説明した。

 もちろん、子どもがオメガである保証もなければ、いつになるか分からない話であり、オメガであっても古竜を選ばない可能性もある。

 しかし、ククは自分の子であれば、愛してくれる人とツガイになりたいと思うだろうと思っていた。

 もしも、子どもがアルファかベータであっても、古竜に会わせてもいいと思っていて、まだ子づくりすらしていないにも関わらず、ククは自分の子が古竜を選ぶと思っていた。

 いつもの思い込みのように思えるものだが、その思い込みがだいたいは当たっている事を、シシは知っているため、ククを信じて古竜に条件を出す。



「俺達の子がノノを選んだ場合、ノノには受け入れてもらう。愛せなくても、無理にでも愛してもらうよ。ククの子だと思えば愛せるでしょ。その条件さえ守ってくれたら……不本意だけど、ククと話してもいい」



 すると、古竜は急に人の姿となった。

 黒の長髪を揺らして何度も頷き、竜の尻尾を揺らしてククに近づく古竜は、まだ子づくりすらしていないククに向かって、期待の目を向けたのだ。





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