第40話 自覚
ククが安心したところでシシが立ち上がり、ククの巣となる桜の木に近づいた。
それにより、ククはオメガの本能としてシシの前に立ち、手を広げてギザギザの歯を見せつける。
(駄目!それ以上は近づかないで!これは僕のものだ!)
「ッかわいい……ごめんね、安心して。これ以上は近づかないから」
シシが崩れ落ちて悶えると、ククは威嚇をやめてシシに近寄る。
威嚇はしても、シシを愛しているからこその行動であり、シシへの愛は変わらないため、崩れ落ちるほど悶えられては心配もするのだ。
「シシ、大丈夫?苦しい?僕も心苦しいけど、桜の木に触るのは駄目なんだ」
「分かってるよ。大丈夫。完成するまで、俺は待ってるから。ただ、少しだけわがままを言うなら……もう少し大きくできないかな?」
(大きく……なんで大きくするの?でも、シシの桜を咲かせるには、シシが望むようにしたらいいのかな?)
ククは自分が何をしているか分かっていないため、首を傾げて桜の木を見るが、シシの揺れる尻尾が視界に入り、桜の木の中に入った。
やる事は一つであり、中の時空を歪めて広くし、外界との時間を更に歪めていく。
そこまでしてしまえば、ある意味もう一つの世界を創造したようなものではあるが、そこはククの巣であり、シシを招く為に用意した秘密基地のような場所である。
「広くしたよ!あと、中の時間も早くした。これで、僕が中に入ってる間も、シシが寂しくならずに済む」
「それは嬉しいよ!ありがとう、クク」
(ふふん!シシに喜んでもらえた!)
ククはシシに撫でられて尻尾を揺らすが、やっている事は創造神と同じようなものであり、シシは苦笑いを隠すように笑う。
その後、シシが術によって桜の木を一本ずつ冥界へ移動させていく。
この場所の桜もなくなりすぎないよう、バランスをとりながらククにも相談しつつ、シシの宮殿を囲める分だけの桜の木を選び、その後は白狼を迎えに行って冥界へと帰った。
冥界へ帰れば、ククが尻尾を振りながらピタピタと足音を立てて走って向かう先は、勿論中庭である。
中庭に移った桜の木の中に、自分が集めた桜があるかを確認する事が目的だった。
(桜……大丈夫そう。ちゃんと僕が置いた場所にある。これで安心して……シシがいないのは、寂しいな)
ククは暗い場所で一人、桜を握りしめてシシを思い出す。
木の中では長くても、外では一瞬であるため、巣作りだと自覚していないククは、シシと同じ時間を過ごしていない事に寂しくなってしまったのだ。
自分でやった事ではあるものの、クク自身は巣作りの自覚がなく、オメガの本能とシシのツガイとしての気持ちで、どうしていいのか分からずに一人で泣き始めてしまった。
「キュ、キュ……シシ、シシ」
(どうしてこんなに苦しいの。僕が僕じゃないみたい。シシがいないのが寂しい。でも、ここに触れてほしくない)
オメガの巣作りはデリケートであり、情緒が不安定になるのだが、ククの場合は自ら選んだ巣が木の中で、更に自分の使う術によって、シシとの繋がりが薄れてしまっているのだ。
何が悪いという訳ではないのだが、巣作りとはそういうものであり、大事なのはツガイによる心のケアと匂いである。
「クク、泣いてるの?大丈夫だよ、泣かないで出ておいで」
(シシの声だ……シシ、僕の大好きな人)
時間が違うというだけで、シシの声がククに届くのは遅くなる。
そのため、暫く泣いていたククは目を腫らし、外に出てシシに抱きついた。
「クク、こんなに泣いて……時間は戻そう。ククが一人で泣いているのは、俺が耐えられない」
「嫌だ!あれは……あれは僕のものだから。でも、寂しい。シシがいないのは寂しくて、僕が僕じゃないみたいになる」
「俺はククの許しがないと、中に入る事も木に触れる事もできないから、心配なんだよ。クク、今のククは凄く可愛くて不安定になってる」
可愛いは忘れないシシは、ククの頭から腰にかけて撫でていき、ククの首元に顔を埋める。
そしてククも、シシの胸に顔を押し付け、シシの匂いで安心しようと、必死でシシにしがみつく。
「ククは知らないかもしれないけど、今のククは巣作りに入ったんだよ。オメガの巣作り」
「……巣作り?僕、モノノケじゃないよ」
ククは、オメガの巣作りについてシシに教えてもらい、徐々に顔を赤く染めていく。
無自覚で巣作りという求愛をしていたのだから、赤くなって顔を隠すのも当然だろう。
(は、恥ずかしい。僕、シシに求愛してた。シシのこと好きすぎて……これじゃ、もう運命に決めてるんだって言ってるようなものだ。それなら、ここは堂々と男らしく運命だって伝えるべき?いやでも……ここまできたら発情期まで待ちたい!というか、僕ばっかり恥ずかしいことになってる!)
「うぅ……シシ、僕の巣作り見てて!こうなったら、僕ばっかりじゃなくて、シシも道連れだ!僕のそばで、僕の求愛を見ていて!でも触ったら駄目。中に入るだけ」
触れさせはしないが、中に入る許可をするククは、真っ赤な顔と潤んだ瞳でシシを見上げた。
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