第32話 見方の変化



 ククは下界の様子を見て、気持ちが沈むどころか目を輝かせた。

 争いを好まないククは、争いによってもたらされる破壊と死を見ていられなかったのだ。

 だが、シシの考えを聞いて見方が変わり、そこには破壊を終えた再生の姿が広がっていたのだ。

 それはとても美しく、悲しむ者達の姿までもが美しく見えた。

 悲しむ者には、愛する者がいたのだと想像し、前を向く者には、これを機に希望を見出したのだと想像した。

 そうして見方を変えるだけで、こんなにも世界が美しく愛しいものに思える気持ちに、ククは静かに涙を流した。



「悲しいものは悲しい。苦しいものは苦しい。辛いものは辛い。でも、それでいいんだ。大事なのは、前を向く事……そうだよね?」



「うん。ククがそう思ったのなら、それがククの答えだよ。人の気持ちに正解なんてないんだから、大事なのは向き合う事。逃げてもいいんだから、まずは向き合ってみる事から始めるんだ。それでも自分が壊れそうなら、俺に助けを求めたっていいし、逃げたって構わない」



(シシに……そうだ。駄目だったらシシに助けてもらえばいいんだ。一緒に逃げたっていいんだ)



「ただ、覚えておいてほしい。どんな形だろうと、破壊の後は必ず再生があるからね。それを、ククにも知ってほしかったんだよ」



(それって、シシのことだ。破壊と再生。冥王の本来の役目……そのツガイの僕はたぶん、どんなものでも創造できる。魔法を付与したら、それで創造する事も破壊する事も……時間を巻き戻す事だってできるんだ)



 ククは、逃げずに見て良かったと、心の底から思った。

 見たいものだけを見るのではなく、見方を変えて判断する事を覚えたククは、初めて自分の術が恐ろしいものに思え、それと同時に自分の心に余裕が生まれたのだ。

 だが、誰も時間を巻き戻すという発想には至っていない。

 神々には、やり直すという発想がなく、どうとでもできるからこそ、前に進む道を選ぶのだ。



 それは創造神という、創造を司る神が最初の神であるからこその固定概念である。

 シシは破壊と再生を司り、不要を破壊し新たに再生させるというもので、それは前進を意味する。

 それ故に、不死身というものは死んだ事実を失くさず、再生させるのだ。

 そのため時間を巻き戻すという発想は、ククにとっては見方を変えた結果であり、勿論口にはしない。

 ククにとって当たり前に思いつくものは、いつだって当たり前ではないのだが、そんな事はククには関係ない。

 ククはいまだに、自分の思い込みは全て理解されていて、シシも同じ事を考えていると思っているからだ。



「ッ……なんか、嫌な予感がする。気のせいかな」



「シシ、教えてくれてありがとう。僕も慎重に術を使うよ」



「待って。どうして今の流れで術の話が出てくるの。おかしいよね?今の流れは、絶対に術の話ではないよ」



 ククは、何を言ってるのだと言いたげにシシを見て、首を傾げた。

 だが、シシはククに詰め寄り、何を考えていたのかと必死な様子で訊いてきたため、ククは仕方ないなと言いたげに、全てを話した。

 その結果、シシは頭を抱えてしまい、白狼は聞いていないふりをするように前足で耳を押さえ、床に伏せたのだ。



「ククは時神にでもなりたいの?」



「どうして?僕はどんな神でも、シシのツガイとして堂々とするよ!父さんの息子として、流底の元第三王子として、堂々とするんだ」



 ククは胸を張るが、そんなククを今だけは可愛いと言えないシシは、悶えながらもククに説明する。

 シシの司る破壊と再生を思い浮かべ、自分で破壊も再生もできる魔法を付与できると判断し、更には時間を巻き戻す事に至ってしまったのなら、それは新しい挑戦であり、この世界には存在しない神であると言う。

 神の役目を考えている時に、その結論に至ったのであれば、それはククが無意識にでも求めた自分に必要な神の姿であると、シシは言いたいのだ。



「よく分からないけど、僕が時神になったらシシは困る?」



「困らないよ。ククは自分の術が、どれだけ希望と絶望を含んでいるのか理解したんでしょ?それなら、俺は困らない。たとえククが、俺と出会う前に戻ったとしても、俺はククをツガイにするからね」



「むっ……そんな事はしない!シシが望んだって、僕は過去に戻りたいなんて思わない!ただ、一部の物の時間を、戻したりできるんじゃないかって思っただけだもん。でも、実際にやろうとは思わない。どんな事でも貴重な時間で、貴重な体験なんだってシシが教えてくれたんだ。無駄にするような事は絶対にしない。そんな事、できたとしてもしたら駄目だって、僕でも分かる」



 ククは頬を膨らませて、尻尾をシシの足に叩きつける。

 するとシシは、嬉しそうにククを抱きしめ、白狼も安心した様子で尻尾を揺らした。



「ククが成長してくれて嬉しいよ。でも、時神になりたいなら、なってもいいんじゃないかな。少し考えてごらん。ククなら面白い発想が生まれるかもよ」



(面白い発想?時間と面白い発想……)



「今はとりあえず、死神の元へ行こうか。冥獣を連れてきたようだし、輪廻転生の準備も始めてるようだからね」



 そうして、ククは時間について考えている間に白狼の背に乗せられ、シシとともに宮殿の外へと向かった。



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