第31話 尊く儚い美しさ



 暫くの間、桜の木の下で二人の時間を過ごした後、ククはもう一度シシに抱えられ、術によって陣のある場所に戻った。

 そこには、多くの神々や眷属が集まっているが、陣の中に入って待っているのは、産神と白狼と狼獣、そして産神の眷属であろうモノノケが揃っていた。



(あのモノノケ達、白色じゃない。そう思うとシシの眷属って、本当にみんな力が強いんだね)



「クク、こやつらは儂の眷属達じゃ。ククの元へ遊びに行くかもしれんからのう。ククを脅かさぬよう、今のうちに言っておくとだな、こやつらは本来、大きな鳥で産鳥と呼ばれておる。下界ではコウノトリとも呼ばれておるが、そのへんは気にしなくてよい。眷属になる前の昔の話じゃからのう。ククが気にするべきは、こやつらの大きさじゃ」



 産神がそう言うと、羽の塊のようなモノノケ達が集まり、古竜よりも少し小さいくらいの大きな鳥が、ククの目の前を覆う。

 ククが押し潰されないよう、シシが鳥の体を支えるが、そんな事など気にしていないククは、鳥の体に触れて目を輝かせた。



「す、凄い!この羽毛、白狼にも負けてないよ!」



 ククが産鳥を褒めれば、白狼はククの手の下に自分の頭をねじ込む。

 するとククは、白狼を撫でるために産鳥から手を離し、それによって産鳥は羽の塊に戻ると、ククの足元に集まって動かなくなる。



「シシ、羽の塊が僕の周りに集まってる!」



「この状態の産鳥を、俺はケサランパサランと呼んでるけど、面倒だからサランなんて呼ぶ事がほとんどかな。この状態は産鳥とは違って、ただ空中を漂ってるだけなんだよね。だから、産鳥とサランは別物だと思っておいた方がいいよ」



「サランが魂で、産鳥が命?ジジ様にピッタリの眷属なんだね」



 ククが口にした言葉に、周囲がシンと静まり返ったが、ククはその理由が分からず、不安になってシシを見上げた。

 だが、シシだけは「そうだね」と言って微笑んだため、ククは安心して白狼の背に乗り、それ以上は喋らないよう白狼の毛に埋もれた。



「産神、感動してるところ悪いけど、そろそろ冥界に戻るよ。これ以上、大事なツガイを神々の見せ物にはできないからね」



「あ、あぁ……そうじゃな。創造神の一部であるククを、これ以上天界に置いてはおけん。早く安全で静かな場所に連れて行くべきじゃ」



 シシと産神がわざとらしく、ククがどんな存在であるかを強調して言うと、周囲はざわつき、武神など勇気のある神々は、近寄ってこようとする。

 だが、その前にシシは印を結び、陣を発動させて一瞬で冥界に戻ってきた。

 そこで、ククは安心からシシの胸に飛び込み、そのまま顔を擦り付けて尻尾を揺らす。

 甘えるククに対し、シシは表情を崩してククを抱きしめる。



「シシ、早く部屋に行こう。水浴びもしたい」

 


「そうだね。産神、悪いけど白狼に案内させるから、部屋で待機していて。狼獣も、死神が戻るまで時間がかかるだろうから、寛いでいるといい。俺はククを優先させる」



(僕が優先。ジジ様と狼獣がいるのに、僕との時間を大切にしてくれるんだ!)



 ククが甘えるように「キュキュ」と喉を鳴らすと、シシはククを抱えて自室へ向かい、そこから水浴び場へククを連れて行く。

 水浴び中、何度も口づけをする二人は、言葉もなく穏やかな時間を過ごし、ベッドへ行ってはククがシシを誘うようになった。

 そうして死神が冥獣を連れて来るまでの間、誰にも会わずに二人で過ごしていると、漸く白狼がシシを呼びに来たのだ。



「来たね。クク、起きれる?」



「んうぅ……まだ眠い。シシ、白狼触りたい」



 ククがシシに甘えるように膝の上で眠り、シシはジオラマを更新しているところだった。

 そこに白狼は爪を鳴らして、尻尾を揺らしながらククに近づき、腕の下に顔をねじ込む。

 すると、ククは白狼を撫でながらも瞼が落ちていく。



「クク、眠そうなところ悪いけど、下界も決着がつきそうだよ。見てごらん」



(たぶん、父様達が勝った。見なくても分かる。陸が半分消えていたし、陸が降参したのかな)



 この数日、下界では海と陸の争いがあり、自然の力に勝つすべのない陸側は、あっという間に追い詰められていた。

 結果、陸にある各国の王と流底の王が話し合い、争いよりも話し合いが長く続いた。

 そして陸の王達の賢明な判断によって、被害を最小限に抑える事ができたのだ。



「父様も、みんなも馬鹿だ。争いなんていい事ないのに」



「それはどうかな。少なくとも、陸は衰退をまぬがれる。魚人には女性が多くいるし、運命を見つけた者も多い。それに、海は多くの事を知る事ができ、二度と自分の子どもを贄にする必要がなくなった。太陽の下で、自由を手に入れた。過去に決着をつける事ができた」



 そう言って、シシはククの上体を起こし、現在の下界のジオラマを見せ、術を発動させた。

 するとそこは、ジオラマではなく空から見た人々の様子が映し出された。



「クク、失ったものよりも、残ったものに目を向けてごらん。ほら、自然の力を前にして、こんなにも陸が残っている。人々が残って、なんとかしようと頑張っている。別に忘れろというわけじゃないよ。でもね、こういった事は無駄になっては駄目なんだ。だからこうして嘆き、前に進んでいく。そうして世界は成り立っている。本当に……生命はどこまでも尊くて美しくて……そして儚い。だからこそ目を背けては駄目だよ」



 シシはククに自分の考えを伝える。

 それがククを育てるものであり、今後どんな事があろうとも、シシとともに生き続けなければならないからこそ、こうして失ったものに目を向けさせた。



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