第30話 燃えるような恋(sideシシ)



 シシはククを襲わないよう、できるだけ我慢をするが、それでもククはシシを誘っているのかと思うほど積極的にシシに触れ、尻尾を出した事により尻尾にも触れる。



「クク……本当に、これ以上は――」



「シシの桜が燃えちゃったのは、愛が深すぎたから?自分で自分を焼いてしまったの?」



 ククの突然の言葉に、シシは戸惑った。

 元々は鱗が桜だったとはいえ、徐々に桜が燃えていった事は、ククには話していなかったからだ。

 普通であれば、成長につれ鱗が生え変わったのだと思うところだろう。

 シシの鱗は燃えるような赤に染まっているものの、実際には炎を纏ってはいないのだから、シシが戸惑いを隠せないのも無理はない。

 ただ、シシはこの事を隠していたつもりはなく、桜が燃えてしまった過去から、無意識に避けていたのだ。



「それは苦しくて痛いよ。水を与えたら、シシの桜は満開になる?まだ、戻せるよね?シシはどんな水が好きなの?」



 ククはただ、思った事を口にしただけで、深い意味はなかった。

 それどころか、水さえ与えれば花は咲くだろうと、知識がない故に発した言葉だった。

 だが、その知識のない言葉に、シシだけは無意識に涙が溢れてしまうほど、救われたのだ。



「ッ!ご、ごめんなさい。シシ、泣くほど嫌だった?」



(クク……本当に、こういう時は鈍いよね。でも、だからこそククだけは、俺の心を奪うのかもしれない)



「ククが俺に水を与えてよ。そうしたら、俺も俺の花を咲かせられる気がする。燃やす愛よりも、燃えるような恋をしよう」



(あの時、ククの笑顔に惹かれた理由が漸く分かった。花の咲くような笑顔……ククの花だけは、絶対に守るよ。ククの笑顔は俺が守る。だからもっと……)



「笑って、クク。ククの笑顔が俺にとっての水になる」



 愛してほしいとも言わず、運命にしてほしいとも言わないシシは、ククの笑顔を求めた。

 一目惚れするほどの笑顔は、それだけでシシの心を満たし、心の桜を満開にするのだ。

 愛が溢れたために、愛の炎で桜を焼く。

 だが、花が好きな龍は知らなかった。

 自分の愛が桜を焼いてしまった事への悲しみに。

 それでも、儚い花を求めている事に。

 そしてそれは、ククの笑顔だけでなく、飾りにも無意識に表れていた。

 花の飾りに、花を燃やす事のないよう、赤色の服を避ける。

 これほど分かりやすい自分に今更気づいたシシは、内心苦笑いでククを優しく抱きしめた。



「シシはたまに難しい事を言う。燃えるだの燃やすだの、何が違うのか分からない。それに水をあげるのに、どうやって笑顔が水になるの?」



(ククもたまに難しい事を言うよ。けど、そんなククだから愛してる。分からなくていいよ。これは言葉遊びのようなものだから)



「でも、僕の笑顔は可愛いから」



(自分で言うんだね。まあ、可愛いだけでは、ククの魅力は表しきれてないし、ククはまだまだ自分を分かってない)



 相変わらず、ナルシストがたまに出てしまうククに、シシはクスリと笑いながらも、口には出さずにククの言葉を静かに聞く。



「だから、シシが僕の笑顔を求めるなら、僕を笑わせて。そしたら笑顔になる。僕が笑顔になったら、シシも笑顔になって桜が咲くかも」



(もう、本当に愛おしい。話がかみ合ってない気もするけど、ククはそのままでいい。ククの思い込みは、ククの素敵な魅力だ。運命も確かに魅力的だけど、今のこの時間も大事にしよう。運命のツガイになれば、味わえないものだ。このかみ合わないやり取りも、今だけの大事な宝だ)



「愛してるよ、クク」



 何度も口にした『愛してる』は、ククを笑顔にさせ、シシ自身も笑顔にさせた。

 あまりにも、互いの感情がかみ合っていないにも関わらず、二人揃って笑顔になる事が、どれだけ難しく尊いものであるかを、シシは知る事ができた。

 その愛は、形となってシシの一部に桜を咲かせるが、それはまだ見えない場所に小さく咲くものだ。

 だがククと出会ってから、蕾は既にシシの中にある。

 それを咲かせるのは、ククとの愛という名の水であり、他に必要な養分も全てククとともにあるのだ、自分の桜はもう一度咲かせる事ができるのだと、シシは漸く気づくことができた。



 どれだけ愛しても、ほんの少しの愛ですら返ってこないものを愛してしまっていたシシは、これまで自分の内にあった悲しみや寂しさという感情に蓋をし続けてきた。

 だが、ここにきて漸く、本当の意味で自分の感情と向き合う事ができたのだ。

 そんなシシのククへの愛が、更に深く大きく育っている事にククは気づきもせず、呑気に貴重な笑顔を振り撒き、尻尾を揺らしている。

 そしてシシは、心に咲いた桜を燃やすのではなく、今度は守るような炎を灯し、ククに口づけをした。



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